2023年6月29日木曜日

銘柄を明かさない理由R010 相場師が創った会社(前編)

第010話 相場師が創った会社(前編)

2008年12月、東京都中央区日本橋の証券会社。
社長の速水が午後の執務をしていると、内線が鳴った。
内線は、秘書室の姫宮からで、情報システムの楢崎が話があるとのことだった。
時計を確認した速水は、30分後なら来ても構わないと伝え、内線を終えた。

30分後、社長室のドアがノックされ、「お疲れ」といいながら楢崎が入ってきた。
楢崎は慣れた様子でソファに座ると、社長室の内装をじろじろと見ていた。
「久しぶりだな」と速水がいい、向かいのソファに座った。
「広い会社じゃないが、普段は会うことがないからな」、楢崎が笑いながらいう。

「考えてみれば、社員も増えたからな」、速水が懐かしそうにいう。
「今、残っている社員番号1桁の社員って、俺とあんたくらいだろ」、楢崎がいう。
「おいおい、会長を忘れてるぞ」、速水が笑いながらいう。
「そうだった、会長は社員番号1番だもんな」、楢崎も笑いながらいう。

速水が社長の証券会社の社名は「愛誠(あいせい)証券」といった。
"無敗の王(キング)"こと、ジツオウジコウゾウが創った会社だった。
速水と楢崎は、創業時からのメンバーで、同期の間柄だった。
社長だったジツオウジは会長に就任する際、後継社長に速水を指名していた。

「ところで、今日は何の用だ」、速水がいう。
「『アルカディア』のクジョウのことが聞きたいと思ってな」、楢崎がいう。
「彼女がどうかしたのか」、速水がいう。
「奴の運用状況を見たんだが、気づいたことがあってな」、楢崎がいう。

「俺も確認しているが、何か問題でもあったか」、速水がいう。
「逆だ、全く問題らしいことが見当たらない。
あのような運用ができるクジョウに、興味がわいてね。
奴について教えてくれないか」、楢崎がいう。

「そういうことか」、速水はいうと立ち上がり、キャビネットに向かった。
キャビネットのガラス扉を開くと、1冊のファイルを取り出した。
速水はソファに戻ると、ファイルを楢崎の前に置いて、いった。
「このファイルに彼女のことが書いてある」

速水の顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
こいつとは付き合いが長いが、こんな顔してくるのは初めてだ。
俺は何かとんでもない秘密を知ろうとしているのかもしれない。
楢崎は無言でファイルを手に取ると、読み始めた。

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