2023年6月27日火曜日

銘柄を明かさない理由R009 暴落のベラドンナ(後編)

第009話 暴落のベラドンナ(後編)

2008年10月、スイス。
スイスで最も美しい教会があるといわれる街に、1軒の豪邸があった。
豪邸は広大な敷地の中にあり、豪邸のすぐ近くには、教会が設けられていた。
教会で祈りを捧げていたスプリングベルは、祈りを終えると、豪邸へ向かった。

スプリングベルは、スイスで屈指のプライベートバンカーだった。
徹底した顧客情報の守秘と堅実な資産運用は、多くの顧客を獲得していた。
スプリングベルは、東京における2007年8月15~17日の下落が、暴落の予兆だと気づいた。
同年9月には備えを終えていたので、今回の暴落ではノーダメージだった

スプリングベルの視界の右端に、何か動くものが入った。
右手の方向を見ると、倒れて痙攣している1頭の野犬がいた。
倒れている野犬の周りには、全長50cmほどの植物の一群があった。
植物には、1cmほどのブルーベリーに似た黒い実があった。

「おはようございます、スプリングベル様、すでに朝食の準備は整っております」
黒服を着た初老の男性執事が、玄関の前で恭しくいう。
「おはよう、教会近くに野犬が倒れていたので、よろしくね」、スプリングベルがいう。
「かしこまりました、ベラドンナでも食したのでしょう」、初老の男性執事がいう。

ベラドンナ(bella donna)は西欧に自生する多年草。
山間の日陰など、湿気が多く、石灰質の肥えた土壌の場所で群生している。
名前は、イタリア語で「美しい女性」を意味する。
女性が瞳孔を拡大させるための散瞳剤として、実の抽出物を使用していたことに由来する。

早春に葉に包まれた新芽を出し、全長は40~50cm程度、最高で5mほどにもなる。
花期は夏ぐらいまでで、くすんだ紫色の花を咲かせる。
この花が過ぎた後に緑色の実をつけ、1cmほどに膨らんでから、黒色に熟していく。
この実は甘いといわれるが、猛毒を含んでいるため絶対に食してはならないとされている。

多くの動物はベラドンナを食べても中毒を起こさないが、犬や猫は中毒を起こす。
また、ベラドンナを食べた動物を人間が食べると死に至ってしまう場合がある。
だが、用法・用量を守って使用すれば、有用な植物でもある。
成分の強い根茎と根はベラドンナコン(ベラドンナ根)という薬品として用いられている。

スプリングベルは、初老の男性執事とダイニングへ向かいながら思った。
相場は、ベラドンナに似ているかもしれない。
対処の仕方によっては、毒にも薬にもなる。
前方にいる2人の男性執事が、ダイニングに通じる重厚な木製扉を開いた。

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