2023年6月21日水曜日

銘柄を明かさない理由R003 女王の生誕(後編)

第003話 女王の生誕(後編)

社長室の手前には、秘書室があった。
秘書室は廊下との間に内窓があり、社長室へ向かう人を確認することができた。
クジョウが秘書室の前を歩いていると、室内から若い女性秘書が出てきた。
女性秘書に社長に呼ばれたことを告げると、そのまま社長室へ向かうようにいわれた。

社長室のドアを軽くノックすると、中から「どうぞ」という声がした。
ドアを開けると、社長の速水は立って、窓の外の風景を眺めていた。
クジョウの方を振り返った速水は、ソファに座るよう促した。
クジョウが座ると、速水は机の上に置いてあった資料を手にとり、ソファに座った。

「仕事はどうだ」、大手証券会社にいた50代前半の速水がいう。
「正直いって、私に向いているのかわかりません」、クジョウがいう。
「入社半年で月間販売記録を塗り替えたんだから、たいしたもんだよ。
おまけに、お客様からは高い評価をいただいている」、速水がいう。

「お客様に恵まれただけです」、クジョウがいう。
「そんな君に、よくある話とよくない話を用意した。どちらの話を聞きたい」
速水の顔は笑っているが、クジョウを見る目は笑っていなかった。
「よくある話をお伺いしたいです」、クジョウがいう。

「どうして、よくある話を聞きたい」、速水がいう。
「欲のない話より、欲のある話が聞きたいからです」、クジョウがいう。
「合格だ。欲ない話は、欲ある話を聞けないことだよ」、速水がいう。
速水の欲ある話は、クジョウにとって、にわかには信じられない話だった。

今まで、速水が行ってきた自社の資産運用を任せたい。
新規に資産運用部署を立ち上げるので、責任者になって欲しい。
必要な人材や設備は、できる限り、クジョウの希望に沿うようにするというものだった。
「何か、質問はあるか」、速水がいう。

「会長はご存じなのでしょうか、あとノルマはあるんでしょうか」、クジョウがいう。
「会長も了承済だ、ノルマはないが、必ずプラスにすることが条件だ」、速水がいう。
「どうだ、受ける気はあるか」、速水がいう。
「はい、謹んでお受けいたします」、クジョウがいう。

クジョウが社長室を出ると、先ほどの女性秘書が立っており、クジョウにいった。
「新規部署立ち上げをサポートさせていただく姫宮です。
打ち合わせ用の会議室を押さえているので、お越しください」
後に"無敗の女王(クイーン)"と呼ばれるクジョウレイコの伝説が始まろうとしていた。

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