第042話 天使の笑顔を持つ男(後編)
2009(平成21)年4月、関東近郊の地方都市にある地方銀行の支店。
アマネという若い男性が貸金庫室を利用した日。
勤務が終わった沢渡美里は、女子更衣室にいた。
沢渡が着替えていると、隣で着替えていた先輩の小西と大田が話し始めた。
「アマネさんの息子が来てたわね」、小西がいう。
「来てた、来てた、3年ぶりくらいじゃないの」、大田がいう。
「お父さんに似て、イケメンになったわね」、小西がいう。
「イケメンは遺伝するってことね」、大田がいう。
「アマネさんって、有名な方なんですか」、沢渡が二人に聞く。
「この街では、ちょー有名よ」、小西がいう。
「沢ちゃんがこの街に来たのは2年前だから知らないか」、大田がいう。
小西と大田が教えてくれた内容は以下だった。
商店街を抜けた先の住宅街に、アマネ家族が住む一戸建てがあった。
父親の俊彦は進学高校の教師で、わかりやすい授業は生徒から人気があった。
母親の幸恵も公立小学校の教師をしており、親しみやすさで生徒から人気があった。
子どもは長男のオトヤ、長女の由香で、近所から羨ましがられる4人家族だった。
4年前の深夜、アマネ家の玄関前にガソリンがまかれ、火をつけられた。
玄関ドアの下から室内にガソリンが入っていたため、瞬く間に戸建ては炎に包まれた。
翌朝、焼け跡からは、俊彦と幸恵、由香の遺体が見つかった。
中学校の修学旅行で不在だったオトヤは難を逃れた。
2日後、隣町に住む40代の無職の男が、現住建造物放火ならびに殺人の容疑で逮捕された。
男の供述が支離滅裂だったため、精神鑑定が行われたが、責任能力はあると判断された。
裁判で検察は死刑を求刑したが、判決は無期懲役だった。
マスコミは動機なき放火殺人事件として報道していたが、やがて報道しなくなった。
生き残ったオトヤは、三重県にある父方の祖父母の家で暮らすことになった。
3年前、跡地にコインパーキングができると、オトヤと祖父が銀行にやってきた。
オトヤと祖父は、アマネオトヤ名義の口座を開設、貸金庫を契約した。
このときに手続きしたのが、小西と大田だった。
銀行からの帰り道、沢渡は思った。
天使のような笑顔を持っているが、アマネオトヤの過去は重すぎる。
ふと、学生時代に友人がカラオケで歌っていた曲が頭に浮かんだ。
友人が歌っていた曲のタイトルは"残酷な天使のテーゼ"だった。
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