第032話 師との出会い(中編)
1965(昭和40)年、東北地方の山村。
明け方近くに起きた農家の三男であるムラタコウゾウは手紙を書いていた。
手紙には、今まで育ててくれた両親への感謝を綴っていた。
手紙を書き終えると、荷物を持ったコウゾウは都会で働くため、家を出た。
1970(昭和45)年、東京の下町。
コウゾウは、規模が大きくない建設会社の寮で暮らしていた。
高度経済成長に伴い、都内には多くの工事現場があった。
朝、1台の車に数人が乗り合わせて、工事現場に向かうのが日課だった。
肉体労働から帰ると風呂に入り、食事をして眠ることの繰り返し。
たまの休みの日も、一日中、寝ていることが多かった。
同僚の多くは、暇さえあれば、飲み屋に行ったり、ギャンブルをしていた。
コウゾウはどちらも好きではなかったので、寮に一人でいることが多かった。
その年の夏、年配のジツオウジという男性が寮に入ってきた。
ジツオウジも寮にいることが多く、自然と話をするようになった。
コウゾウが、いつもジツオウジにいわれていた言葉があった。
その言葉は「若いんだから、もっといろいろなことに挑戦しろよ」だった。
ジツオウジは自分の過去については、多くを語らなかった。
「俺はいろいろなことに挑戦したぞ」というが、内容は教えてくれなかった。
ただ、現場の図面が読めたりするので、頭はいいんだろうなと思っていた。
その年の冬、現場で倒れたジツオウジは、急遽、入院することになった。
翌日、病院へ見舞に行くと、ジツオウジは青白い顔をしていた。
一目見て、深刻な病気なのではないかと思った。
その後も見舞いに行くたび、ジツオウジはやせ細っていった。
やせ細っていくジツオウジを、ただ見ていることしかできなかった。
1971(昭和46)年の春、病院へ行くと、ジツオウジの娘だという山本という女性がいた。
身寄りがないと思い込んでいたコウゾウは、自分を恥ずかしく思った。
ジツオウジの嬉しそうな顔を見て、コウゾウは自分も嬉しくなった。
その年の夏、娘とコウゾウに見守られながら、ジツオウジは息を引き取った。
葬儀が終わると、娘の山本から声をかけられた。
山本は、父からの手紙ですといい、コウゾウに手紙を渡した。
寮に帰ってから読んだ手紙には、コウゾウへの感謝の言葉がしたためられていた。
これからの人生を変えたいのであれば、是川銀蔵という人を訪ねるよう書かれていた。
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