第035話 相場の魔王(中編)
1972(昭和47)年の春、大阪の住宅街にある是川家。
ムラタコウゾウは是川銀蔵に、日本経済の見通しについて話していた。
「ワシの見立てと同じだな、かなり勉強したようだな」、是川がいう。
「それほどでも、夕刊の配達時間なので行ってきます」、コウゾウはいい、是川家を出た。
昨年の秋、是川に新聞の経済記事を理解しろといわれたコウゾウは新聞配達を始めた。
深夜2時に販売店へ行き朝刊の仕分けをし、5時までに自転車での配達を終える。
アパートに帰ったら、貰って来た新聞を読み、わからないところは図書館で調べる。
15時からは夕刊を配達、アパートに帰ったら、早めに寝る生活を送っていた。
コウゾウが夕刊の配達に出ていくと、是川は証券会社に電話を掛けた。
「是川だ、支店長を頼む」
「近いうちに、ウチの若いのを連れて行くので、口座を作ってやってくれ」
「22歳の若造だが、なかなか見どころがある奴だ」、是川は通話を終えた。
翌週の月曜日、大阪市北区中之島にある証券会社。
高価そうな調度品が飾ってある応接室には、是川とコウゾウがいた。
ドアがノックされると、高級そうなスーツ姿の男性が入ってきた。
支店長だという男性に、是川がコウゾウを紹介した。
小一時間後、コウゾウの口座開設が終わり、支店長と是川は世間話をしていた。
「噂ですが、Kが動き出したようです」、支店長がいう。
「またか、おとなしくしておけばよいものを」、是川がいう。
「誘ってきたりするかもしれませんが、お気をつけください」、支店長がいった。
是川とコウゾウが証券会社を出ると、昼になろうとしていた。
「何かうまいもんでも食って帰るか」、是川はいうと路地に入った。
路地の奥には、是川の行きつけだという小料理屋があった。
是川は手慣れた様子でのれんをくぐると、引き戸を開けた。
店に入った是川は、厨房の板前に「いつものを頼む」というと、2階に上がった。
2階の座敷で待っていると、2人分の海鮮定食が運ばれてきた。
「ここの海鮮はうまいぞ」、是川は割りばしを割ると、食べ始めた。
コウゾウも食べ始めたが、気になっていたことを聞くことにした。
「さっき、支店長がいってたKって、誰のことですか」、コウゾウが聞く。
「よからぬことばかりする来須(くるす)という相場師のことだ。
奴はジツオウジが全財産を失った仕手株の絵を描いた。
自分だけが儲かればよいという、ワシが最も嫌いなタイプの人間だ」、是川がいった。
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