第040話 天使の笑顔を持つ男(前編)
2009(平成21)年4月、関東近郊の地方都市。
駅前にある地方銀行の支店では、入行3年目の沢渡美里が窓口業務を行っていた。
店内の椅子には、10人ほどの客が受付番号が印刷された紙を持って、座っていた。
カウンターに置かれた発券機が、次の受付番号を表示した。
高齢男性が椅子から立ち上がると、沢渡の窓口にやってきた。
「お待たせしました、本日はどのようなご用件でしょうか」、沢渡がいう。
「大至急、ここに通帳にある200万円を振り込んでくれ」
高齢男性はいうと、振込先が書かれたメモ、通帳と印鑑をカウンターに置いた。
おかしいと思った沢渡は、いくつか質問することにした。
「この振込先は、どういう関係の方ですか」、沢渡が聞く。
「よく知らんが、振り込まないといけないんじゃ」、高齢男性がいう。
「この人から振り込んでくれといわれたのですか」、沢渡が聞く。
「孫から振り込んでくれといわれたんじゃ」、高齢男性がいう。
ますますおかしいと思った沢渡は質問を続けた。
「お孫さんは、この人から何かを買ったんですか」、沢渡が聞く。
「それはいうなといわれとる」、高齢男性がいう。
オレオレ詐欺の可能性が高いと思った沢渡はいった。
「最近、息子や孫になりすまして、お金を振り込ませる詐欺が増えてます。
お孫さんに電話して、本人だったか確認されてはいかかですか」、沢渡がいう。
「孫が困っとるんじゃ、振り込んでくれ」、高齢男性が大きな声でいう。
「振込してしまうと、返金してもらうのは大変ですよ。
もし、騙されてて、そのことをお孫さんが知ったら、悲しむと思います。
お孫さんのためにも、ここは冷静になられた方がいいと思います」、沢渡がいう。
「わ、わかった」、高齢男性はメモと通帳、印鑑をズボンのポケットに入れた。
うなだれて出ていく高齢男性と入れ違いに、若い男性が入ってきた。
白のカジュアルシャツとジーンズが似合う男性は、沢渡の前まで歩いてきた。
「受付番号の紙をとって、お待ちいただけますか」、沢渡がいう。
「アマネといいます、貸金庫室は空いてますか」、男性が沢渡を見つめながらいう。
「は、はい、空いてます」、予想してなかった質問に沢渡が答えた。
「そっか、空いててよかった、入りますね」
天使のような笑顔になったアマネはいうと、奥にある貸金庫室に向かった。
沢渡には交際中の彼氏がいたが、天使のような笑顔を持つアマネに心を奪われていた。
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