2024年11月14日木曜日

【小説】銘柄を明かさない理由R034 相場の魔王(前編)

第034話 相場の魔王(前編)

1971(昭和46)年の秋、大阪の住宅街にある是川家。
ムラタコウゾウは是川銀蔵に、自らの生い立ちとジツオウジとの関係を話し終えた。
「そうか、ジツオウジは亡くなったのか」
黙って聞いていた是川は、過去の記憶を思い起こしているようだった。

「ジツオウジさんとはどういう関係なんですか」、コウゾウが聞く。
「奴は信頼できる相場師だった」、是川がいう。
「相場師って何ですか」、コウゾウが聞く。
「株の売り買いを生業(なりわい)としている者のことだ」、是川がいう。

「是川さんも相場師なんですか」、コウゾウが聞く。
「そうだ、株の売り買いがワシの仕事だ」、是川がいう。
人生を変えるってことは、相場師になるということか。
「私を弟子にしてもらえませんか」、コウゾウは是川に弟子入りを頼んだ。

「やめとけ」、すかさず是川がいう。
「どうしてですか」、コウゾウが聞く。
「ジツオウジは名の知れた相場師だったが、仕手株に手を出して全財産を失った。
勤め人が片手間でなれるものではない」、是川がいう。

「ジツオウジさんは元から相場師だったんですか」、コウゾウが聞く。
「奴の家系は、代々相場師の家系でな。
祖父は戦前の相場で、"魔王"と呼ばれた相場師だ。
奴にとって、相場師になるのは宿命だったんだろう」、是川がいう。

株の売り買いをする仕事・・・祖父が"魔王"と呼ばれた家系・・・。
コウゾウはジツオウジの家系を知ると、自分も相場師になりたいと思った。
コウゾウはソファから立ち上がると、床に膝と手をつき、土下座した。
「お願いします、私を弟子にしてください」

「さっきもいったが、勤め人が片手間でなれるものではない。
呼んでおいたタクシーがそろそろ来る頃だ。
泊るところがないのなら、駅前のビジネスホテルに空きがあるはずだ。
来てくれてすまなかったな、達者でな」、是川がいう。

ビジネスホテルに泊まったコウゾウは、翌日、是川家近くのアパートを契約した。
東京へ戻ると、会社へ退職すると伝え、契約したアパートへ引っ越した。
引っ越しが終わると、是川へあらためて弟子入りを願い出た。
是川は呆れながらも、コウゾウの弟子入りを認めた。

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