第038話 最後の相場師(中編)
南海セメント株式会社は、明治時代に創業した土木資材の卸会社。
子会社には、公共工事を手掛ける株式会社間宮道路、関西臨海土木株式会社があった。
南海セメント株は過去に仕手株化しており、相場師の来須が手掛けることで知られていた。
昨年から来須が買い進めていることを知った是川とコウゾウも、密かに買い進めていた。
1973(昭和48)年の夏、大阪市北区。
スーツ姿の是川とコウゾウは、南海セメント本社ビルの前にいた。
「いよいよですね」、コウゾウがいう。
「さてと仕上げに行こうか」、是川はいうと玄関へ向かった。
受付の女性社員に、名前と約束していることを伝えると、応接室に案内された。
お茶を運んできた女性社員と入れ替わりに、恰幅のいい男性が入ってきた。
「本来ならこちらがお伺いさせていただくところ、ご足労いただき申し訳ありません。
はじめまして、南海セメントで常務をしている権田と申します」
権田の名刺を受け取った是川とコウゾウは、自己紹介した。
自己紹介が終わり、3人がソファに座ると、権田が話し始めた。
「先日、電話させていただいたのは、お願いがあったからです。
お二方は当社の株を一定数以上、保有されている株主様です。
当社は株主様の期待に応えるべく、これからも関西地区の発展に貢献してまいります。
つきましては、末永く当社の株を保有していただきたいのです」
是川は茶を手に取り、一口啜るといった。
「うまい茶ですな、株を保有して欲しい本当の理由をお聞かせ願えませんか」
愛想笑いを浮かべていた権田の表情が固まった。
「半年前まで100円台だった貴社の株価は600円を超え、今も上がり続けている。
どこぞの得体のしれない奴が貴社の株を買い占め、株価を吊り上げているとしか思えん」
是川はいうと、茶を受け皿に置いた。
「この先、乗っ取られたくなければ、株を買い取れといってくるやもしれん。
そのようにいわれたのなら、増資して株数を増やしてやればよい」、是川がいう。
「増資をすれば一株価値が下がり、株主様に迷惑をかけることになります」、権田がいう。
「得体のしれない奴が得をするより、増資した金で設備投資した方がよい」、是川がいう。
南海セメント本社からの帰りの電車。
「さすがに増資をするとはいいませんでしたね」、コウゾウがいう。
「常務だからな、これから役員会での審議に1週間、株主への根回しに1週間。
早ければ、2週間後に増資が発表される、それまでに全て売り抜ける」、是川がいった。
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