2024年11月18日月曜日

【小説】銘柄を明かさない理由R037 最後の相場師(前編)

第037話 最後の相場師(前編)

是川銀蔵は1897(明治30)年、兵庫県生まれの相場師。
高等小学校(現在の中学1学年と2学年)卒業後、神戸の貿易商の元で奉公。
数々の職業を経たのち、大阪の北浜で株の世界に入った。
幾多もの仕手戦で名を馳せ、"最後の相場師"と称せられた。

1973(昭和48)年の夏、大阪の住宅街にあるアパートの一室。
コウゾウは朝刊の気になる経済記事を切り抜いて、ノートに貼り付けていた。
貼り付けが終わると、立ち上がって、本棚にノートを戻した。
本棚の上の棚には、会社四季報と経済記事を貼り付けたノートがびっしりと並んでいた。

コウゾウは下の棚にあるスケッチブックの一冊を手に取ると、再び座卓の前に座った。
座ると、方眼紙が貼り付けてある最初のページを開いた。
朝刊の株価欄を見ながら、株価チャートの続きを描き始めた。
描き終わり、次のページを開いたとき、下駄箱の上にある黒の電話機が鳴った。

玄関へ行き、受話器を取ると、ジツオウジ名義の口座がある証券会社からだった。
「おはようございます、佐藤です、ジツオウジさんでしょうか」
「ジツオウジです、おはようございます」
「本日の執行条件はいかがいたしましょうか」

「間宮道路は1,100円を超えたら、1,000株売り。
南海セメントは600円を切ったら、2,000株買い増しでお願いします」
「承知しました、ここだけの話、とっておきの情報があるのですが」
佐藤が他の銘柄を勧めてきたが、検討してみますといって電話を切った。

電話機の後ろの壁には、是川に書いてもらった「カメ三則」が貼ってあった。
①銘柄は水面下にある優良なものを選んでじっと待つこと
②経済、相場の動きから常に目を離さず自分で勉強する
③過大な思惑はせず、手持ち資金の中で行動する

コウゾウは「カメ三則」をつぶやくと、再び株価チャートの続きを描き始めた。
株価チャートからは、短期の値動きだけでなく、長期の値動きもわかる。
株価チャートを描いていると、時間が経つのが早かった。
以前、是川からいわれた、片手間でできることじゃないなと、あらためて思った。

株価チャートを描き終え、壁掛け時計を見ると、是川と約束した時間が迫っていた。
いけね、コウゾウは慌ててスーツに着替えると、部屋を出た。
部屋を出たコウゾウは、自転車で最寄り駅へ向かった。
最寄り駅に着くと、スーツにネクタイ姿の是川が待っていた。

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