2023年7月5日水曜日

銘柄を明かさない理由R013 選ばれし者(前編)

第013話 選ばれし者(前編)

2009年3月10日、日経平均株価が、バブル崩壊後の最安値を記録した。
発端は、2008年9月15日の大手証券会社リーマン・ブラザーズの倒産だった。
6,000億ドル(約70兆円)の負債を出した倒産は、世界規模の金融危機を引き起こした。
当初、影響は軽微と見られていた、日経平均株価も下落していった。

前日の米国の雇用統計が予想より悪かったことで、景気悪化の警戒感が高まっていた。
東京株式市場では、日経平均株価が3営業日連続で下落していた。
3月10日も、下落の流れのまま、株価は続落した。
取引終値は、前日比31円05銭安の7,054円98銭だった。

最安値を受けて、当時の財務・金融・経済財政相は、下記の意思表明をした。
「株安がもたらす信用収縮には断固立ち向かう」
この意思表明により、期待感が戻り、翌日の日経平均株価は急反発した。
売られていた金融株や輸出関連株が買い戻され始め、市場は安定を取り戻し始めた。

2009年4月、東京都中央区日本橋の愛誠証券。
愛誠証券には、自社の資産運用部署「アルカディア」があった。
天井から床までの内装は白で統一され、一面の壁には多くのモニターが埋め込まれていた。
内装が白である点を除けば、軍の司令部を思わせる空間になっていた。

「アルカディア」は、責任者のクジョウレイコが率いる女性社員7名のチーム。
2008年9月15日以降、大規模な「空売り」を仕掛ける局面では、何度か全員が招集された。
だが、市場の安定に伴い、平時の勤務体制に戻っていた。
平時は、日替わりの1名が、クジョウの指示で資産運用を行っていた。

その日の勤務は、選考試験の仮想トレードで3位だった経理の神崎だった。
朝、クジョウとの打ち合わせを終えた神崎は、自席に座ると、インカムを装着した。
自席の端末を起動させると、あるデータを確認した。
確認したのは、クジョウがリストアップした個人投資家のデータだった。

クジョウは、この相場で損失を確定しなかった個人投資家をリストアップしていた。
情報社会では、誰もが同じ情報を得ることができる。
ならば、戦績のよい個人投資家の取引を参考にするというのが、クジョウの考えだった。
画面には、彼らの氏名と直近の取引履歴が表示されていた。

神崎が確認すると、昨日、取引をしている個人投資家は5人いた。
神崎は、彼らが取引した銘柄の詳細データを呼び出して確認した。
どの銘柄にしようかしら、この銘柄が面白そうね。
取引開始時間になると、神崎はトレードを始めた。

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