2023年7月1日土曜日

銘柄を明かさない理由R011 相場師が創った会社(中編)

第011話 相場師が創った会社(中編)

楢崎が読み始めたファイルには、クジョウのことしか書いていなかった。
クジョウの母親は未婚で、クジョウを産んでいた。
その後、結婚することなく、女手一つでクジョウを育て上げた。
中学は公立だが、高校は難関の進学校、大学も難関の大学を首席で卒業していた。

「すごい学歴じゃないか、ウチに来るような人材じゃないだろ。
いくらでも、就職先は選べたのに、どうしてウチなんかに来たんだ。
調べ上げたファイルがあるってことは、ウチがスカウトでもしたのか」
読み終わったファイルを速水に返しながら、楢崎がいう。

「スカウトとは違うな」、ファイルを受け取った速水がいう。
「じゃあ、どうして調べたファイルがあるんだ」、楢崎がいう。
「2年前の年末、俺と会長は、ある会議に出席するため、向かっていた」
速水はクジョウとの出会いを語り始めた。

「オフィス街を歩いていると、小さな女の子が会長にぶつかった。
女の子が泣き出したので、会長はしゃがんで、女の子に大丈夫かと声をかけた。
女の子は近くにいた母親の元へ泣きながら駆け寄った。
母親が女の子をなだめているのを見て、会長は立ち去ろうとした。

立ち去ろうとした会長に、謝らんかと声を発したのが、就活中のクジョウだった。
人通りの多い中、若い女性に注意された会長は立ち去るのを止め、クジョウを見た。
会長は、誰に向かっていっている、ふざけたことをぬかすな、といった。
クジョウは会長に怯むことなく、弱い犬ほどよく吠える、といった」、速水がいう。

「マジか、それでどうなったんだ」、楢崎がいう。
「クジョウは会長がしゃがんでいた場所を指さした。
そこには、ぶつかったときに女の子が落とした小さなマスコットが転がっていた。
マスコットは会長に踏まれて、泥だらけになって、潰れていた。

会長は自らの非を認め、女の子に謝った。
お詫びの品を送るため、母親に連絡先を聞いた。
全て終われば連絡するといい、クジョウにも連絡先を聞いた。
その後、興信所に依頼してクジョウのことを調べたのが、このファイルだ」、速水がいう。

「いったい何のために調べたんだ」、楢崎がいう。
「弱い犬といわれたことがなかったからだろう。
クジョウの調査結果を読んだ会長は、クジョウが就活中であることを知った。
会長は、クジョウにウチの面接を受けてみないかと連絡した」、速水がいう。

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