2019年10月25日金曜日

銘柄を明かさない理由R284 名のない組織(中編)

第284話 名のない組織(中編)

都内下町の自宅に併設された道場。
正座した数名の門下生が見守る中で、道場主の父親と娘が対峙していた。
防具をつけた女子高生の娘は、同じく防具をつけた父親の隙をうかがっていた。
女子高生の娘が小さい頃から、武術を教えてきた父親がいった。

「近所の者から、新宿の歌舞伎町でお前を見た、と聞いた。
体調不良を理由に稽古を休んでいながら、町で遊んでいたとは情けない。
そんなことをしているから、いつまでたっても全国1位になれんのだ。
その腐った性根を叩きなおしてやる」

女子高生が、ある組織にスカウトされたのは、高校1年のときだった。
全国大会で3位になった帰り道、近づいてきた組織の男はいった。
「もっと強くなりたいなら、組織が実戦の場を提供しよう」
強くなりたかった女子高生は、父親に内緒で、その男が属する組織の提案に乗った。

以来、組織から女子高生に、不定期に実戦の場が提供されるようになった。
今日の歌舞伎町の戦いみたいに、得体の知れない相手と戦う日々が続いた。
防具をつけた女子高生は、道場主である父親を冷静に観察しながら思った。
防具なしの実戦経験は私の方が多い、娘は道場主である父親に攻撃を仕掛けた。

歌舞伎町にある居酒屋。
閉店後の店内では、太った中年男性のアルバイト店員が店長に辞意を伝えていた。
「まさか、生ビールのサーバーを壊したからか」、店長が驚いて聞く。
「ええ、自分にはこの仕事、向いてないなと思って」、アルバイト店員がいう。

「雇われ店長で年下の俺がいうのも何だが、完璧な人間なんていやしないんだ。
失敗することによって、人間は成長していくんだと思うよ。
アンタには言ってなかったが、アンタが来てくれてから、リピーターが増えてるんだ。
俺は、アンタはこの仕事に向いていると思うよ」、店長がいう。

太った中年男性は、数週間前にこの店のアルバイトに応募し採用された。
太った中年男性が応募したのは、組織からの指示によるものだった。
組織は太った中年男性に、歌舞伎町にいた非合法組織の監視を指示した。
また、いざというときには、行動を起こすよう指示していた。

行動を終えた今、いつ非合法組織が自分を探しに来るかわからない。
できるだけ早く、この店を辞めて、痕跡を消す必要があった。
「ありがとうございます。店長の言葉を胸に生きていきます」
太った中年男性は、年下の店長に深々と頭を下げると、居酒屋を後にした。

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