2020年3月12日木曜日

銘柄を明かさない理由R311 暴落のクーロンズ・アイ(後編)

第311話 暴落のクーロンズ・アイ(後編)

東京都中央区の日本橋近くの証券会社では、緊急の役員会が開かれていた。
「ニックは、すでにSEC(米国証券取引委員会)に拘束されたようです。
ただ、ひとつだけ、気になる情報があります。
SECがニックの勤務先を訪れた時、ニックは気を失っていたそうです」、大川がいう。

報告を受けた事実上の最高責任者である、ムラノ キョウスケは静かに目を閉じた。
静かに目を閉じたムラノを、役員たちは固唾をのんで見ていた。
会議室の中には、緊張した雰囲気が漂っていた。
緊張した雰囲気が永遠に続くかと思われたとき、ムラノが目を開けた。

「あらゆる可能性を考えとった。
考えた結果、今回の暴落は1人のトレーダーの仕業やあらへん。
ニックちゅう奴が売らされた原因があるはずや、徹底的に調査するんや。
あと、ウチの資産運用やけど、絶対に損失は出すなよ」、ムラノがいう。

代表執行役社長グループCEO、大川が笑みを浮かべていう。
「今回の暴落の原因を調査する件、承知しました。
当社が損失を出さない件ですが、ご心配はご無用です。
当社のチーフトレーダーである内海は、業界内で名の知れた百戦錬磨のトレーダーです」

昨夜のNYダウの暴落を受けて始まった、東京証券取引所の取引は暴落で終わった。
都内のある証券会社で、自社の資産運用を手がけている部署"アルカディア"。
"アルカディア"には、責任者のクジョウ レイコとテンマ リナがいた。
結局、クジョウはメンバーに売買の指示を出すことなく、取引時間が終わった。

取引時間が終了してから、クジョウは目を閉じて、何かを考えているようだった。
話しかけにくい雰囲気のクジョウに、テンマは備品を手に、在庫チェックを始めた。
え~と、黒のボールペンは在庫あるし、青のボールペンもOK、あと赤の・・・。
そのとき、テンマが手にしていたボールペンが床に落ちた。

ボールペンが床に落ちた音で、クジョウが目を開けた。
「す、すいません、考え事の邪魔をして」、テンマは頭を下げ、クジョウに謝った。
「いや、気にしなくていい。
それよりも、やはり今日の相場は暴落相場の始まりだと確信した」、クジョウがいう。

「どうして暴落相場の始まりだとわかったんですか」、テンマがたずねる。
「"アルカディア"は、無敗の個人投資家たちのデータを活用している。
今日の相場で彼らが動くか、チェックしていたが、彼らの誰一人として動かなかった。
私と同じで、ナイフが床に刺さる音が聞こえなかったからだろう」、クジョウがいった。

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