2020年3月8日日曜日

銘柄を明かさない理由R308 クーロンズ・アイ始動(後編)

第308話 クーロンズ・アイ始動(後編)

ニューヨーク証券取引所の取引開始時間(core trading session)。
取引開始時間は、日本の取引開始より10時間前の、東部標準時9:30だった。
やがて、売りが殺到しているニューヨーク証券取引所での取引が始まった。
その日、ニューヨーク証券取引所の終わりが始まった。

ニューヨーク証券取引所の暴落が始まった数時間後。
東京都中央区日本橋兜町にある、深夜の東京証券取引所(TSE)は静かだった。
そこへ黒のコートを着て、リュックを背負った東洋人の男がやって来た。
東洋人の男は、TSEの前で立ち止まると、周囲を注意深く観察した。

周囲に誰もいないことを確認した男は、口元に笑みを浮かべた。
男はリュックから、ダンボールでできた折りたたんだ型紙とスプレーを取り出した。
男は身をかがめると、左手で型紙を広げ、右手でスプレーを軽く振った。
TSEの外壁に型紙を押し当てると、男は型紙に向けて、黒いスプレーを噴射した。

男は、黒いスプレーを噴射し終えると、型紙とスプレーをリュックにしまった。
立ち上がった男は、リュックを背負うと、来た方向に歩き出した。
歩き出した男は、ある曲を口ずさみだした。
口ずさんだ曲は、ベートーヴェンの交響曲第9番「歓喜の歌」だった。

同時刻、東京証券取引所内にある警備員詰所に、警備会社の社員である大八木がいた。
大八木は監視カメラで、東洋人の男の行動の一部始終を監視していた。
大八木は警備会社の社員だが、日本を守る名のない組織の一員でもあった。
東洋人の男が立ち去ると、大八木は東洋人の男の特徴をPCに打ち込み送信した。

TSEの外壁にスプレーを噴射した東洋人の男は、帰り道にあるコンビニに立ち寄った。
深夜のコンビニに客の姿はなく、若い茶髪の男性店員が、レジにいるだけだった。
「いらっしゃいまっせぇ~」、男をチラ見した若い茶髪の男性店員がいう。
若い茶髪の男性店員は、手元のスマホから顔を上げようとしなかった。

なんて店員だ、東洋人の男は思ったが、印象づけたくなかったので注意しなかった。
東洋人の男はホットコーヒーを買うと、イートインコーナーで飲み始めた。
しばらくすると、「上杉」という名札の若い茶髪の男性店員がやって来た。
「すいません、レジで打ち忘れがありました、足りない分をお支払い頂けますか」

「足りないのはいくらだい」、東洋人の男が懐から、財布を取り出しながらたずねた。
「お客様が、東京証券取引所で行われた行為は、刑法第261条に抵触します。
刑法第261条の器物損壊罪は、3年以下の懲役または30万以下の罰金になります」
名のない組織に属する若い茶髪の男性店員、上杉が告げると、東洋人の男は絶句した。

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