2020年3月6日金曜日

銘柄を明かさない理由R307 クーロンズ・アイ始動(中編)

第307話 クーロンズ・アイ始動(中編)

カリスマトレーダーのニックが、九匹のドラゴンのカードを見た数日後。
ニューヨークにある世界最大の証券取引所であるニューヨーク証券取引所(NYSE)。
深夜、黒のフードパーカーを着て、リュックを背負った東洋人の男がやって来た。
東洋人の男は、NYSEの前で立ち止まると、周囲を注意深く観察した。

周囲に誰もいないことを確認した男は、口元に薄ら笑いを浮かべた。
男はリュックから、ダンボールでできた折りたたんだ型紙とスプレーを取り出した。
男は身をかがめると、左手で型紙を広げ、右手でスプレーを軽く振った。
NYSEの外壁に型紙を押し当てると、男は型紙に向けて、黒いスプレーを噴射した。

男は、黒いスプレーを噴射し終えると、型紙とスプレーをリュックにしまった。
立ち上がった男は、リュックを背負うと、来た方向に歩き出した。
歩き出した男は、ある曲を口ずさみだした。
口ずさんだ曲は、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」だった。

翌朝、ニックはマンハッタンにある高級アパートメントの自宅で、朝食をとっていた。
ニックがテレビを見ていると、あるニュースが報じられた。
ニューヨーク証券取引所の外壁に、いたずら描きされたというニュースだった。
作風から、人気の覆面アーティストの作品かもしれないという内容だった。

人騒がせな奴もいるもんだ、ニックが見ていると、いたずら描きが大写しになった。
いたずら描きは、九匹のドラゴンで、黒のスプレーで描かれていた。
映し出された九匹の黒いドラゴンを見たニックの動きが止まった。
「Sell、Sell、Sell(売れ、売れ、売れ)・・・」、ニックはつぶやき始めた。

「あなた、どうしたの、大丈夫」、心配した妻のレイチェルが声をかけた。
「ああ、大丈夫だよ、少し疲れているのかもしれないな」、ニックは笑顔で答えた。
ニックは朝食を食べ終えると、勤め先である大手証券会社へ出かけた。
通勤途上、ニックは「Sell、Sell、Sell・・・」と、つぶやき続けていた。

出社したニックは、配下のトレーダーや関係先に、全面売りの指示を発信した。
カリスマトレーダーであるニックが動かせる額だけでも、相当な売りだった。
さらに、配下のトレーダーや関係先が動かせる額を加えると、恐ろしい売りだった。
取引が始まるまで、ニックは「Sell、Sell、Sell・・・」と、つぶやき続けていた。

ニューヨーク証券取引所の取引開始時間(core trading session)。
取引開始時間は、日本の取引開始より10時間前の、東部標準時9:30だった。
やがて、売りが殺到しているニューヨーク証券取引所での取引が始まった。
その日、ニューヨーク証券取引所の終わりが始まった。

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