2020年4月30日木曜日

銘柄を明かさない理由R323 禁断の一線(後編)

第323話 禁断の一線(後編)

上海市の高級マンションの一室。
"無敗の相場師エース"こと、アマネ オトヤは、マチルダに日本語を教えていた。
マチルダは、劉宋明(りゅうそうめい)の再婚相手、レナールの娘だった。
「日本語は難しいわ」、ブロンドの髪をポニーテールにしたマチルダがいう。

「どこが難しいのかな」、アマネ オトヤがマチルダにたずねる。
「どうして、日本語は話すときに主語を使わないの。
主語がなければ、誰なのか伝わらないじゃない」、マチルダがいう。
「確かに、それでも意味が伝わるから日本語なのかな」、アマネ オトヤがいう。

「しっかりしてよね、先生」、マチルダが呆れた様子でいう。
そのとき、2人がいる部屋のドアがノックされた。
「そろそろ時間ですよ」、ノックしたのはマチルダの母親、レナールだった。
「あっ、もう、こんな時間、このあと、友達と約束があるの」

マチルダは急いで勉強道具を片付けると、部屋のドアを開け、玄関へ向かった。
「今夜は友達と食べてくるから」、いうとマチルダは外へ出かけた。
マチルダを見送ったレナールは、アマネ オトヤを振り返りいった。
「先生、お茶を入れるので、ゆっくりしていってください」

アマネ オトヤは、レナールの後に続いて、リビングダイニングへ向かった。
いつも、家庭教師が終わったあと、ダイニングテーブルでお茶をご馳走になっていた。
ところがダイニングテーブルの上には、物が置かれ、雑然としていた。
「先生、今日はリビングのソファでお茶を召し上がってください」、レナールがいう。

リビングにあるソファは、座るのをためらうような、高価そうな黒の革張りだった。
アマネ オトヤは遠慮して、ソファの端に座った。
レナールがお茶を用意している間、アマネ オトヤは窓外の景色を見ていた。
窓の外には、夕闇に包まれつつある上海の近代的な景色があった。

レナールが銀のトレイを持ってくると、アマネ オトヤの前のテーブルに置いた。
銀のトレイには、2人分のティーカップがあった。
レナールは銀のトレイを置くと、アマネ オトヤの真横に座った。
レナールはテーブルにあるリモコンを手に取ると、スイッチを押した。

スイッチを押すと、静かに窓の電動ブラインドが降り始めた。
アマネ オトヤが横のレナールを見ると、レナールはこちらに顔を向け、目を閉じていた。
一瞬、"ウイッグの女"こと、キサラギ ミレイの顔が脳裏をよぎった。
結局、こうなる運命なのか、アマネ オトヤはレナールに手を回し抱き寄せた。

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