2020年4月28日火曜日

銘柄を明かさない理由R322 禁断の一線(中編)

第322話 禁断の一線(中編)

上海市の高級マンションの一室、劉宋明(りゅうそうめい)が話していた。
「そのあと、俺は友人に礼をいおうとして、友人を探した。
ところが、友人は俺の前に現れることはなく、二度と会うことはできなかった。
しばらくして、俺は友人のある噂を聞いた」

「どんな噂だったの」、レナールが尋ねる。
「友人は香港で有名な資産家、張(チャン)家の1人息子で、跡を継いだという噂だ。
張が貧民街で暮らしていたのは、貧しい人々の生活を体験させるためだったらしい。
最初に聞いたときは、所詮、金持ちの道楽かと思ったよ」、劉宋明がいう。

「なぜ、香港じゃなく、上海で暮らしていたの」、レナールが尋ねる。
「そこだ、俺もそこが気になった」、劉宋明が答える。
「貧しい生活を体験するなら、わざわざ上海へ来なくても、香港でも体験できる。
張家のことを調べたら、その理由がわかったんだよ。

張家の創始者は、第一次世界大戦の頃、上海の日本軍の御用商人となり、元手を作った。
大戦終結後、創始者は香港へ移住、株式投資により、現在の資産を築いたらしい。
つまり、張家にとって、上海の地は自分たちの心の故郷なのかもしれない」
「そのこととマチルダの日本語の勉強が、どう関係があるの」、レナールが尋ねる。

張家の創始者を御用商人にした男、株式投資を勧めた男は、同じ男だった。
その男は、日本へ帰国すると、株式投資で財を成し、日本一の高額納税者となった。
その男は、後に"最後の相場師"と呼ばれた是川銀蔵という人物だった。
つまり、今の張家が資産家になれたのは、是川という日本人のおかげだともいえる。

世界大戦は、日本がアジアの国々を侵略するための戦争だったといわれている。
だが、アジアの国々は、日本が欧米から解放してくれた戦争だったことを知っている。
これからアジアが発展していくためには、日本との協調は欠かせない。
そのためにも、マチルダには日本語を覚えてもらいたいと思っている」、劉宋明がいう。

「おいおい、ペンが止まっているよ」
我に返ったマチルダは、傍らで見守ってくれている日本語の家庭教師を見た。
若い日本人男性が心配そうに見ていた。
「すいません、違うこと考えていました」、マチルダがいう。

「勉強はどれだけ集中できるか、つまり時間を忘れて夢中になれるかが大事なんだよ。
まだ、日本語はマチルダにとって、夢中になれない彼氏なのかもしれないね。
でも、大丈夫、いつか日本語はマチルダが夢中になれる彼氏になると思うよ」
若い日本人男性"無敗の相場師エース"、アマネ オトヤは天使のような笑顔でいった。

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