2021年1月29日金曜日

銘柄を明かさない理由R409 別れの時(後編)

第409話 別れの時(後編)

東京駅へ歩いていく勝利と三助の後ろ姿を、道に立つ男が見ていた。
見ている男は、坊主頭で巨体の着物姿の本間大蔵だった。
楽しそうに歩いていく2人を見る大蔵は、どことなく寂しげだった。
2人が角を曲がって見えなくなると、肩を落とした大蔵は来た方向へ帰ろうとした。

帰ろうと振り返った大蔵の目の前に、黒のスーツ姿で黒の眼帯をした犬神がいた。
「い、犬神・・・」、犬神を見た大蔵がいう。
「2人へ餞別を渡さなかったのか」、犬神が大蔵が持っている菓子折りを見ていう。
「ち、ち、ちがう、これはワシが食べるんじゃ」、大蔵がいう。

「それにしても、気持ちのいい男たちだったな」、犬神がいう。
「ああ、それについては異論はない」、大蔵がいう。
「あの2人のように、俺たちも相場を盛り上げないとな」、犬神が笑みを浮かべていう。
「おうよ、いつでもかかってこい、犬神」、大蔵が嬉しそうにいった。

東京駅へ向かう勝利と三助が角を曲がると、目の前に1人の女性がいた。
女性は茶のコートを着た事務員の山崎で、茶色のトランクを携えていた。
「山崎やないか、体調わるいんやないんか」、勝利がいう。
「荷造りの時間が欲しかったので、ずる休みしました」、山崎がいう。

「荷造りって、引っ越しでもするんか」、勝利がいう。
「お2人がいなくなる淀三証券からの引っ越しです。
山崎は、お2人についていくことにしました」、山崎がいう。
「ええええ~っ」、勝利と三助が同時に声をあげた。

「や、山崎、ワテらについてきても、何もええことあらへん」、勝利がいう。
「そ、そうや、犬神はんが面倒をみてくれる、考え直すんや」、三助がいう。
「山崎は、心底、好きになった男には、何があっても、ついていくと決めてました。
誰に何といわれようが、絶対についていきます」、山崎がいう。

好きになった男って、エロ坊主の本間大蔵から助けたったワテのことやな。
しゃあないな、そこまでいうんなら、つれていったろか、勝利は思った。
「三助さん、山崎もつれていってください」、山崎が三助に抱きついていった。
ワテとちゃうんか~い、勝利は思わず声に出しそうになった。

電器屋の店先のラジオから、神楽坂はん子の「こんな私じゃなかったに」が流れてきた。
ひろい世界にただひとり~なぜにあなたがこう可愛い~♪
君の寝顔に頬あてて~女ごころの忍び泣き~こんな私じゃなかったに~♪
この敗北感・・・仕手戦の敗北感より大きいかもしれへんな、勝利は思った。
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「第30章 伝説の仕手戦」をお読みいただき、ありがとうございました。
神楽坂はん子の「こんな私じゃなかったに」を視聴したい方は、下から視聴できますw

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