2021年1月5日火曜日

銘柄を明かさない理由R381 名のなき世界の片隅で(中編)

第381話 名のなき世界の片隅で(中編)

どうすれば、東ドイツから脱出しようとする人々を救うことができる。
日系二世の米国軍人であるアズマは、考え始めた。
もし、武力を使えば、内戦に発展してしまう、どうすれば尊い人命を救えるのか。
そのとき、アズマは第二次世界大戦のある戦闘を思い出した。

思い出したのは、「ゼーロウ高地の戦い(Schlacht um die Seelower Höhen)」。
ベルリンの戦いにおける前哨戦であり、1945年4月16日から19日までの4日間行われた。
ソ連軍100万の将兵と、ゼーロウ高地を守備するドイツ軍10万との戦闘だった。
アズマは、この戦闘の視察団の一員として派遣され、ソ連軍の最前線にいた。

1945年4月16日の早朝。
ソ連軍が用意していた143個ものサーチライトが、ドイツ軍に照射された。
照射されたゼーロウ高地に、何千もの砲門による砲撃、重爆撃機による爆撃が始まった。
だが、第1白ロシア方面軍の最初の攻勢は、ソ連軍にとって大きな失策となった。

143個のサーチライトの照射は、自軍の将兵の姿をドイツ軍に知らしめる結果となった。
ソ連軍の砲撃終了後、ドイツ軍は防衛ラインを放棄、後方へ戦力を移動させた。
また、沼地と化した大地は、ソ連軍の進軍の大きな障害となった。
その後のドイツ軍の集中砲撃で、ソ連軍は多大な犠牲者を出すことになった。

4月17日、ドイツ軍の防衛ラインは、完全にソ連軍を阻止していた。
だが、南のソ連軍の第1ウクライナ方面軍が、ドイツ軍の第4装甲軍を圧倒していた。
ドイツ軍は、第4装甲軍を支えるために、予備の2個装甲師団を送り込んだ。
だが、時すでに遅く、第4装甲軍は撤退を余儀なくされ、これが戦いの分岐点となった。

4月18日、ソ連軍は、これまでの多大なる損害を顧みず、進撃を続けた。
夕方までに、第1白ロシア方面軍は、ドイツ軍の最終防衛ラインに到達した。
4月19日、第1白ロシア方面軍は、ゼーロウ高地のドイツ最終防衛ラインを突破した。
ドイツ軍の残存部隊が抵抗を続けたが、すでにドイツの東部戦線は消え失せていた。

「ゼーロウ高地の戦い」が終わってから、アズマはソ連軍の上級将校に質問した。
初戦で行ったサーチライト照射に目的はあったのか、という質問だった。
質問を受けたソ連軍の上級将校は、もちろん、あったとも、と答えた。
どんな目的が、と続けて問うアズマに、ソ連軍の上級将校がいった。

「勝者になるかもしれないと思っている連中は、光を当てられると喜ぶ。
だが、敗者になるかもと思っている連中は、光を当てられることを嫌がるからだよ」
たった、それだけの理由で、143個ものサーチライトを使ったのか。
ソ連軍の上級将校がいった答えに、アズマは開いた口がふさがらなかった。

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