2021年1月27日水曜日

銘柄を明かさない理由R405 伝説の仕手戦(中編)

第405話 伝説の仕手戦(中編)

勝利と三助が犬神と会った日の夜。
日本橋の花街にある料亭の一室では、宴が行われていた。
「酒田照る照る、堂島曇る、江戸の蔵米(くらまい)雨が降る~」
芸妓(げいぎ)が他の芸妓が奏でる楽器と歌声に合わせ、踊っていた。

芸妓たちの舞踊が終わると、拍手が起こった。
「ほれ、祝儀じゃ」、坊主頭で巨体の着物姿の本間大蔵が、芸妓たちに祝儀を渡した。
祝儀を受け取った芸妓たちは、大蔵に礼をいい、退室した。
「ほれ、飲め」、大蔵が向かいに座る証券金融会社の柴崎に、徳利を持った手を伸ばした。

「いただきます」、柴崎が両手でお猪口を差し出す。
大蔵が酒を注ぎ終わると、柴崎はこぼれそうになったお猪口に慌てて口をつけた。
2人の間にある座敷机には、豪勢な料理が並んでいた。
「ところで、淀三証券から貸借取引の申し入れはあったか」、大蔵が聞く。

「今のところ、淀三証券から貸借取引の申し入れはございません。
仮にあったところで、過去の実績がないので、少額の貸付になるでしょう」
刺身を箸でつまみながら、柴崎がいった。
「ははは、そりゃそうじゃな」、大蔵が上機嫌で自分のお猪口を口にした。

「貸借取引」は、証券金融会社が証券会社に対して必要な資金や株券を貸し付ける取引。
証券会社の資金や株式が不足すると、不足分を調達するために「貸借取引」が行われる。
「貸借取引」は、内閣総理大臣の免許を受けた証券金融会社にのみ認められている。
現在の東京証券取引所は、日本証券金融株式会社を、証券金融会社として指定している。

小一時間ほどすると、柴崎がいった。
「本日はお招きいただき、ありがとうございました、そろそろ失礼いたします。
資金がご入用の際は、いつでも、この柴崎に仰ってください」
本間様のためなら、迅速にご用意させていただきます」

「よろしゅう頼むわ」、大蔵がいい、柴崎は退室した。
おそらく、淀三証券には、3銘柄を買い続けるだけの金はない。
仮に、証券金融会社に「貸借取引」を申し込んでも、借りれる額は少ない。
にわか天狗になっとる淀三証券には、"出羽の天狗"である本間大蔵が天罰をくらわす。

天罰くらうてから後悔する顔が目に浮かぶわい、大蔵は手酌で酒をあおった。
したたかに酔った大蔵は腰を上げると、隣の和室に続く襖を開けた。
隣の和室には布団が敷かれており、布団の上には背を向けた芸妓が座っていた。
前祝いと洒落こもうか、大蔵は好色な笑みを浮かべた。

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