2021年1月19日火曜日

銘柄を明かさない理由R397 淀三証券出陣(後編)

第397話 淀三証券出陣(後編)

初めての出陣から数日後の早朝、兜町の淀三証券。
1階の洋間では、三助がメモを見ながら、ぱちぱちと算盤(そろばん)を弾いていた。
算盤を弾くと、机の上に広げた手帳に結果を書き込んでいた。
「さすがに算盤は手慣れたもんやな」、三助の手つきを見た勝利が感心していう。

「九代目が教えてくれたルールが、わかりやすいからです。
株を買って、年間配当以上に上がったら売る。
下がったら、そのまま上がるまで、ひたすら待つ。
三助は、買値と配当からの売値を計算するだけです」、三助が手を止めずにいう。

「相場を動かしとるのは、所詮、人間の欲や。
ほとんどの奴は、少しでも多く儲けようと欲を出して、売りが遅うなる。
ルールを決めて、欲にとらわれんよう売買すれば、絶対、勝てる」、勝利がいう。
「絶対、勝てることは、この数日でようわかりました」、三助が手を止めずに答えた。

東京証券取引所の関係者の間で、淀三証券は噂になりつつあった。
おかっぱ頭の背の高い着物姿の男が、黒板に株価が書かれると、両手で合図を出す。
合図を確認したスーツ姿の男が、脱兎の如くポストへ駆け寄り、注文を出す。
役割分担を徹底した取引で、勝ち続けているという噂だった。

初めての出陣から半年が過ぎる頃、取引規模が大きくなった淀三証券は社員を募集した。
事務方も含む3人の募集に対して、50人を超える応募があった。
応募者の中には、老舗である大手証券会社の現役社員も何人かいた。
三助の数日に及ぶ書類選考と面接の結果、3人の男女が採用されることになった。

ある日の朝、目覚めた勝利が、自室のある2階から、あくびをしながら下りてきた。
勝利が台所へ向かおうとすると、いつも三助が算盤を弾いている洋間が静かだった。
珍しく静かやな、散歩にでも出かけたんやろか。
勝利が洋間を覗くと、三助と洋服姿の見知らぬ3人の男女が椅子に座っていた。

勝利に気づいた見知らぬ3人の男女が、一斉に椅子から立ち上がっていった。
「本日からお世話になります、よろしくお願いします」
仰天した勝利は、慌てて顔を引っ込めると、三助を呼んだ。
「採用は任せたけど、今日から来るとは聞いてへんぞ」、近くに来た三助に勝利がいう。

「ホンマに申し訳ありまへん、忙しくて、九代目に伝えるの忘れてました。
申し訳ありまへんが、お祝いの言葉をいただけますでしょうか」、三助がいう。
「しゃあないな」、勝利は、3人の男女1人1人に、祝いと激励の言葉を贈った。
総勢5人となった淀三証券の新たな歴史が始まった日であった。

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