2021年1月23日土曜日

銘柄を明かさない理由R401 鬼神と呼ばれた男(前編)

第401話 鬼神と呼ばれた男(前編)

「仕手戦」とは、仕手と呼ばれる投機家同士が、売り方と買い方に分かれた争いである。
投機的な売買で利益を得ようとする売り方と買い方による相場の状況を表す。
買い方は、安値の株を大量に買い続けて、株価を急激につり上げる。
売り方は、信用取引を利用し、割高と思われる株を大量に売ることで株価を叩き落とす。

信用取引を利用する売り方は、期限までに買い戻さねばならないルールがある。
売り方の買い戻しに対し、買い方はさらに買い上がることで、売り方を締め付ける。
売り方は、逆日歩や追証などの負担から、さらなる買戻しを余儀なくされる。
株価は急騰、他の買いを呼び込むことから、熾烈な激戦となることが多い。

三助が、初めて撤収の合図を出した日の夜。
淀三証券には、帰宅した事務員の山崎以外の4人がいた。
三助が、勝利、白井、板垣の3人に、撤収の合図を出した理由を説明していた。
「出来高の急増に伴う株価の急騰が、三助が撤収を合図した理由や」

「急騰しても、配当以上に上がれば売れば、よいのでは」、ロイド眼鏡の白井がいう。
「急騰すれば、そのぶん繰り返し売買できるのでは」、オールバックの板垣がいう。
「確かに、白井と板垣のいう通りや、けど、今回はそうもいかん。
例えば、3銘柄の1つ、白井担当やった海運株、取引開始値は50円やった。

ところが取引終値は36円高の86円」、三助がメモを見ながらいう。
「それが何か問題があるんですか」、板垣が聞く。
「海運株の年間配当は2円、取引開始値なら4分(4%)の利回りや。
ところが取引終値にすると、2分ほどの利回りや」、三助がいう。

「利回りが低くなることに、何か問題があるんですか」、白井が聞く。
「しかも、取引が終わる前、海運株は3円以上の値幅で売り買いされてたんや。
そんな激しい値動きの中で、配当以上の利益を出す売り買いは不可能や」
三助がいい、白井と板垣は沈黙した。

「ほな、どないしたらええんや、三助」、黙っていた勝利が聞く。
「ひたすら買い続け、天井での売り抜けしかありまへん」、三助がいう。
「ほな、それでいこうや」、勝利がいう。
「九代目、今いうた方法は、今の淀三にはできまへん」、三助がいう。

「なんで、できへんねん」、勝利が三助に聞く。
「今の淀三には、3銘柄を買い続ける金がありまへん」、三助が悲痛な声でいう。
しばらくの間、考えていた勝利が、何か思いついたのか、愛嬌のある笑顔でいった。
「三助、明日、ワテにつきあえ、白井と板垣は取引所で3銘柄の監視を頼むわ」

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