2020年5月13日水曜日

銘柄を明かさない理由R325 師の教え(中編)

第325話 師の教え(中編)

平日の昼下がり、都内にある重厚な門構えの木造家屋。
居間には、"無敗のキング"こと、ジツオウジ コウゾウがいた。
ジツオウジは、戦国時代の武将、武田信玄の好物「信玄餅」を食べていた。
武田信玄の「風林火山」の意味を教えてくれた師のことを、ジツオウジは思った。

ジツオウジは、地方の貧しい農家に生まれた。
ジツオウジは3人兄妹の末っ子で、年の離れた兄と姉がいた。
ジツオウジが小学生の頃、兄が都会へ出ていき、数年後、姉も都会へ出て行った。
都会へ出て行ってから、数年は消息を知らせる手紙や葉書が来た。

いつしか、兄と姉から手紙や葉書は来なくなった。
中学を卒業したジツオウジは、実家の農業を手伝っていた。
ある日、ジツオウジは父親との農作業の間に休憩していた。
父親はキセルに煙草を詰めると火を点けて、美味そうに一服するといった。

「都会に出たいか」
ジツオウジは、何も答えることができなかった。
「都会に出たいと思うんなら、出るがええ」
父親はいい、キセルをふかした。

翌日の夜明け前、ジツオウジは両親への手紙を書いていた。
「都会へ行きます。必ず、成功します。
今まで育ててくれて感謝しています。本当にありがとうございました」
両親が隣の部屋で息を潜めているのが、ジツオウジには手に取るようにわかった。

都会へ出て数年、ジツオウジは、建設会社の寮に住み込みで働いていた。
高度成長の時代、働いた分だけ、収入は増えた。
だが、このままでは一介の労務者で人生終わりだ、とてもじゃないが成功とはいえない。
そんなある日、知り合いから株で財を成した相場師がいることを聞いた。

相場師の自宅の住所を調べたジツオウジは、すぐに相場師の元へ向かった。
あいにく相場師は不在だったが、ジツオウジは相場師の自宅の前で待ち続けた。
「お願いします、株を教えてください」、帰ってきた相場師に、ジツオウジはいった。
相場師はジツオウジを見つめていった、「なぜ株を教えて欲しい」

「成功したいんです、お願いします」、ジツオウジは土下座し、頭を地面につけた。
沈黙があった、数秒足らずの時間だったが、ジツオウジには長く感じられた。
「頭をお上げなさい、中へお入りなさい」
ジツオウジの師となる"最後の相場師"是川銀蔵が、優しい声音で告げた。

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