2020年5月8日金曜日

銘柄を明かさない理由R324 師の教え(前編)

第324話 師の教え(前編)

平日の昼下がり、都内にある重厚な門構えの木造家屋。
居間には、"無敗のキング"こと、ジツオウジ コウゾウがいた。
ジツオウジは、証券業界で伝説になりつつある男だった。
暴落相場の中、ジツオウジは"ブラックマンデー"と呼ばれた暴落相場を思い返していた。

1987年10月、日経平均株価は1年前の15,000円から、26,000円台に急騰していた。
1987年10月19日、ニューヨーク証券取引所のダウ平均が暴落した。
前日比マイナス22.6%、のちに"ブラックマンデー"と呼ばれる暴落だった。
翌1987年10月20日、東京証券取引所には朝から売りが殺到した。

ジツオウジは、全財産と信用取引を使い、狙っていた株を大量に仕込んだ。
翌10月21日から、日経平均株価は反発した。
わずか7ヵ月後の1988年5月、日経平均株価は、26,000円台に回復した。
翌1988年6月には、28,000円の大台を突破、上昇を続けた。

1989年12月29日、日経平均株価は38,915円という史上最高値を記録した。
年明けには40,000円を超えるだろうと、多くの市場関係者が思っていた。
年が明けてからの大発会、ジツオウジは全力で売りに回った。
大発会から日経平均株価は安値スタートとなり、果てしもなく下がり続けた。

ジツオウジは、"ブラックマンデー"で儲けた莫大な金で、都内に証券会社を設立した。
近年、稀な相場師が起業した証券会社で、ジツオウジは会長になっていた。
ジツオウジは、今回の暴落相場の行く末を考えていた。
この先、相場はどう動くのか、今、とるべき行動は何なのか。

「旦那様」、声がしたので見ると、和盆を持った家政婦がいた。
「実家から和菓子が送られてきました。
旦那様のお口に合うかわかりませんが、よろしければお召し上がりください」
家政婦は居間のテーブルに、和菓子と湯飲みを置くと、キッチンへ戻っていった。

ジツオウジはテーブルに置かれた和菓子を見た。
和菓子は、きな粉をまぶした餅菓子で、黒蜜をかけて食べる「信玄餅」だった。
「信玄餅」は山梨の菓子、家政婦の実家は山梨なのか。
ジツオウジは甘い物は好きではなかったが、黒蜜をかけると、付属の楊枝で食べ始めた。

「信玄餅」を食べながら、ジツオウジは思った。
「信玄餅」は、戦国時代の武将、武田信玄の好物だったらしい。
武田信玄の旗指物(軍旗)には「風林火山」と記されていたらしい。
かって、「風林火山」の意味を教えてくれた師のことを、ジツオウジは思った。

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