2016年7月8日金曜日

銘柄を明かさない理由R102 別れのとき

第102話 別れのとき

ある証券会社の会長である巨躯の男の自宅。
新聞を取りに出た家政婦は、見知らぬ若い男から声をかけられた。
「先日、会長からあるお誘いを受けました。
返事をお伝えしたいので、お取次ぎ願えますか」

家政婦から来客のことを聞いた会長は、若い男を応接室へ通すようにいった。
応接室へ通された天使の笑顔をもつ男は、出されたお茶を飲みながら思った。
立派な邸宅だ、さすが証券会社の会長だけのことはある。
やがてドアが開き、会長である巨躯の男が入ってきた。

「どうしてワシの家がわかった」、ソファに座りながら会長が聞く。
「今は情報社会です、あなたほどの有名人であれば、自宅を突き止めることは簡単です」
天使の笑顔をもつ男は、にこやかな笑みを浮かべていった。
会長である巨躯の男は、自分が最後の相場師の自宅を調べたときのことを思い出した。

「先日のお誘いですが、謹んでお受けいたします。
ただ、知人たちに別れを告げるため、3日だけお待ちいただけますか」
天使の笑顔をもつ男はいった。
「いいだろう」、会長である巨躯の男はいった。

3日後の夕方、定食屋の女性店主は、店ののれんを掛けようと外に出た。
外には、店に何度か来たことがある若いイケメンの男がいた。
「あら、久しぶり、今日は早いじゃないの、さあ入って」、女性店主がいう。
「今日はお別れをいいに来ました」、天使の笑顔をもつ男がいう。

「えっ、どういうこと」、女性店主がいう。
「遠いところへいくことになりました」、天使の笑顔をもつ男がいう。
「そうなの、残念ね」、女性店主がいう。
「あの男の人にも、よろしくお伝えください」、天使の笑顔をもつ男はいい、立ち去った。

3日後の夜、都内のマンション。
彼女は、マンションのエレベーターに乗っていた。
天使の笑顔をもつ男とは、昨日から連絡がつかなかった。
今日、大学の事務室で、天使の笑顔をもつ男が大学を中退したことを聞いた。

エレベーターが目的の階に到着すると、天使の笑顔をもつ男の部屋に向かう。
表札は外されており、玄関ドアの投函口に折りたたんだ紙が挟んであった。
紙を手に取り開くと、「今までありがとう、さよなら」とあった。
何なのこれ、これで終わりなの、彼女には訳がわからなかった。