2016年7月15日金曜日

銘柄を明かさない理由R104 お客様は神様だ

第104話 お客様は神様だ

閉店し、のれんの下ろされた定食屋。
天使の笑顔をもつ男とは昨日から連絡がつかない。
さっき、部屋にいったら、引っ越したあとだった。
天使の笑顔をもつ男の彼女は話し終わった。

「ねえ、何があったのかわかる」、女性店主が男に聞く。
「わかるわけないだろう、情報が少なすぎる」、男がいう。
「あなたが連れてきたんだから、連絡先はわかるんじゃないの」、女性店主が男に聞く。
「知っているのはメアドくらいだ」、男がいう。

「本名や出身地は知っているよね」、女性店主が彼女に聞く。
「はい、それは聞いています」、彼女はいう。
「本名と出身地がわかっていれば、楽勝なんじゃないの」、女性店主が男にいう。
「えっ、どうして楽勝なんですか」、彼女が女性店主に聞く。

「実はね、この人、調査会社に勤めているのよ」、女性店主が彼女にいう。
「探偵さんなんですか」、彼女が男に聞く。
「探偵とは違って、保険法人の依頼を受けて調査を行っている」、男は答える。
「人探しはお手のものでしょ、受けてあげたら」、女性店主が男にいう。

窓の外を見ながら、男はいった。
「知らない間柄じゃないし、引き受けよう」
天使の笑顔をもつ男は、自分のためだけに行方をくらますとは思えない。
何か考えがあったはずだ、男は思った。

今まで数多くの調査を行ってきた。
だが全てがハッピーエンドではなかった。
中には、お前が調査しなければ、と罵倒されたこともある。
真実を明らかにすることが、ハッピーエンドになるとは限らない。

「どのような結果になっても、後悔しないように。
人が行方をくらますというのは、何かしら理由があるものだ。
行方をくらます理由は、2つある。
1つは自分のため、もう1つは相手のためだ」

静かなので見ると、2人とも厨房で楽しそうに酒と肴の用意をしている。
最後まで人の話を聞けよ。
そう思った男に、勤務先の太った社長の声が聞こえた。
「お客様は神様だ」と。