2016年7月23日土曜日

銘柄を明かさない理由R108 異能の集団(前編)

第108話 異能の集団(前編)

天使の笑顔をもつ男は昼夜、巨躯の男と行動を共にするようになった。
巨躯の男はある証券会社の会長だが、証券会社へ行くことはほとんどない。
たまに会長の肩書きで、業界団体の会合に出席することはある。
だが日中の大半は、株主となっている企業への訪問だった。

ある企業では経営会議に参加、役員人事について進言した。
別の企業では社長と長時間にわたり、今後の方策について話し込んだ。
もし行動を共にしていなければ、これらの企業の経営陣とは会うことはなかっただろう。
巨躯の男の傍らに同席する天使の笑顔をもつ男には、何もかもが新鮮だった。

巨躯の男は、月に一度、ある「研究会」を主催していた。
都内のホテルの一室で行われる「研究会」に名前はなかった。
一室の前に掲げられた案内板は、いつも「研究会」だった。
最初に「研究会」に出席したときのことは、今でも昨日のことのように覚えている。

18時から男性秘書が受付を始めた。
最初に現れたのは、メガネをかけた制服姿の子供だった。
どうみても中学生の男子生徒だった。
中学生の進学相談でもするのか、天使の笑顔をもつ男は思った。

次に現れたのは、どこにでもいる30代くらいの男性会社員だった。
安物のスーツに使い古した革靴を履いている。
天使の笑顔をもつ男と目が合うと、「どうも」と一言だけ発し席に着いた。
おそらく通り過ぎて、すぐに記憶から消える影の薄い男だった。

次に現れたのは、派手なメイクの20代と思しき女性だった。
女性は男性秘書に何か冗談をいうと、男性秘書の笑い声が聞こえた。
席に向かう途中で、天使の笑顔をもつ男に気づくと、笑顔で名刺を差し出した。
「よかったら、お店に来てね」、どうやら女性は水商売らしかった。

やがて、次から次へと人がやってきた。
下は中学生から高齢者まで、まさしく老若男女の集まりで、その数は20名近くになった。
いったい、何の集まりなんだ。
まさか、やばい勧誘やセミナーじゃないだろうな、天使の笑顔をもつ男は思った。

やがて開始時間になり、「研究会」が始まった。
部屋の照明が落とされ、スクリーンにパワーポイントが投射される。
前方に座っている巨躯の男が、直近の相場についてスライドを元に解説した。
「では、右から順に、戦果を報告せよ」、巨躯の男は命じた。