2016年8月8日月曜日

銘柄を明かさない理由R114 予期せぬ訪問者(前編)

第114話 予期せぬ訪問者(前編)

都内にある立派な邸宅。
家政婦は道路に打ち水をしていた。
「少し、よろしいですか」、顔を上げると、1人の男がいた。
暑いのにスーツにネクタイをした、細身の男だった。

年は20代後半だろうか、いや見方によっては40代にも見える。
「どちらさまでしょうか」、家政婦が聞く。
「この家のご主人に用があって参りました、お取次ぎ願えますか」
男は家政婦に名刺を差し出した。

「せっかくですけど、旦那様は仕事で出ています」
名刺を受け取った家政婦が答える。
「それは残念ですね、では、また出直してきます、名刺だけお渡し願えますか」
スーツ姿の男は、駅の方へ立ち去っていった。

えらい長ったらしい名前の名刺やな、家政婦は名刺を見て思った。
帰宅して、名刺を受け取った巨躯の男は驚いた様子で家政婦にたずねた。
「本当にこの男が来たのか」
「はい、間違いございません」、家政婦はかしこまって答えた。

その日の夜。
外資系の証券会社を出た男は駅へ歩きながら思った。
男は会社から巨額の損害賠償請求を受けていた。
もちろん、返済できるあてはない。

すでに私財は全て差し押さえられている。
妻は愛想を尽かして、子供を連れて出て行ったきりだ。
先日、離婚届が送られてきたので、判をついて返しておいた。
このまま死ぬまで会社の飼い殺しか、男は自嘲気味に嗤った。

「少し、よろしいですか」、顔を上げると、1人の男がいた。
暑いのにスーツにネクタイをした、細身の男だった。
年は20代後半だろうか、いや見方によっては40代にも見える。
「な、何の用でしょうか」、男はいった。

「あなたの受けている損害賠償請求がゼロになる話です」、スーツの男はいった。
「なぜ、そのことを、それにそんなことできる訳がない」、男はいった。
「詳しい話を聞きたいのであれば、こちらへご連絡ください」、スーツの男は名刺を渡した。
受け取った名刺を見た嗤う男は、雷鳴に打たれたような衝撃を受けた。