2016年8月21日日曜日

銘柄を明かさない理由R118 ウィッグの女(前編)

第118話 ウィッグの女(前編)

都内の高級マンション、女は出勤するため、メイクをしていた。
仕上げのルージュを引きかけたとき、スマホが震え始めた。
時間がないときに限ってこれだわ、女はスマホを取り上げた。
誰かしら、初めて見る番号だわ、女は応答画面にタッチした。

聞こえてきた声は、意外な相手だった。
「覚えているかな、先生のところにいる男です、今、電話大丈夫かな」
イケメンの後継者、なぜ、この番号を知っているの。
「大丈夫だけど、なぜ、この番号を知っているの」、女は尋ねた。

「君から貰った名刺に書いてあったじゃないか。
住所は存在しないとはいったが、番号は存在しないとはいわなかっただろ」
イケメンの後継者こと、天使の笑顔をもつ男は笑いながらいった。
確かにそうだけど、住所が存在しなければ、番号も存在しないと思わないのかしら。

「君に頼みごとがある、今からいう相手について、素性を調べて欲しい」
天使の笑顔をもつ男は、相手の情報を一方的に告げた。
「ちょっと待って、目的を教えてよ」、情報を頭に叩き込んだ女がいった。
「確かにそうだな」、天使の笑顔をもつ男は話し始めた。

数日前、不在にしていた会長宅に、年齢不詳の男が現れた。
年齢不詳の男は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の名刺を置いて帰った。
だが、あるルートを使って確認したところ、GPIFの職員に名刺の男はいなかった。
男が何者なのか、目的は何なのかを突き止めて欲しいというものだった。

「手掛かりはウソの名刺だけなんでしょ、ムリに決まってるじゃない」、女はいった。
「君の素性は会長、いや君にとっての先生から聞いている。
君なら可能だ、というか君にしかできない」、天使の笑顔をもつ男はいった。
「わかったわ、ただし、1つだけ条件がある」、女はいった。

「何かな、成功報酬なら遠慮なくいってくれ」、天使の笑顔をもつ男がいう。
「もし成功したら、あなたを1週間、拘束させてくれるかしら。
1週間、昼夜を問わず私と過ごすのよ、できるかしら」、女はいった。
しばしの沈黙のあと、「わかった、交渉成立だ」、天使の笑顔をもつ男はいった。

電話を終えると、女はルージュを引き始めた。
鏡を見ながら女は思った、このウィッグにはこの色が一番、似合うわね。
イケメンの後継者さん、1週間も一緒にいたら、私から離れられなくなるわよ。
後継者は私になるかもね、女はぞっとするような妖艶な笑みを浮べた。