2016年8月19日金曜日

銘柄を明かさない理由R116 予期せぬ訪問者(後編)

第116話 予期せぬ訪問者(後編)

日中の暑さがアスファルトに残る夕暮れどき。
ここか、嗤う男はあるオフィスビルの前にいた。
数日前、会社を出て駅へ向かう途中、年齢不詳のスーツの男に声をかけられた。
「あなたの受けている損害賠償請求がゼロになる話です」、スーツの男はいった。

そんな話がある訳はないと思った。
だが、スーツの男から渡された名刺をみた瞬間、雷鳴に打たれたような衝撃を受けた。
名刺には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の名称があった。
厚生年金と国民年金の管理運用を行なっている法人。

年金基金としての資産額は世界最大であり、世界最大の機関投資家と呼ばれている。
世界最大の機関投資家が、なぜ私を必要としているのか。
嗤う男は、年齢不詳の男に会った翌日、名刺にあった連絡先に話を聞きたいと電話した。
「早々にご連絡いただき、ありがとうございます」、年齢不詳の男はいった。

年齢不詳の男が指定したのが、この時間、このオフィスビルだった。
エントランスをくぐると、吹き抜けのアトリウムがあった。
世界最大の機関投資家は、世界最高水準のオフィスビルにお住まいという訳か。
嗤う男は指定されたフロアへ向かうべく、エレベーターホールへ向かった。

指定された部屋に入ると、そこには円卓に座った3人の男がいた。
「よく来てくれた、そこのイスに掛けてくれたまえ」、右の男がいう。
いわれるがまま、嗤う男は背もたれの高いイスを引いて座った。
3人の男は黙って、嗤う男の一挙一動を見ていた。

嗤う男が沈黙に耐えかねた頃、ようやく中央奥の男が口を開いた。
「世の中、無知な連中が多いと思ったことはないか。
低金利の中、国債で運用しても、運用益はわずかなものだ。
君も知っているように、我々は株式での運用比率を高めた。

運用益がプラスのときは、無知な連中は何もいわない。
ところが運用益がマイナスになったとしるや、非難殺到だ。
中には株式で運用するべきではないという大馬鹿者まで現れる世の中だ。
このままでは、いつ株式での運用比率を下げさせられるかわからない。

数週間前、我々はある重大な運用方針を決定した。
どうする、ここから先の話を聞いたら後戻りはできない、聞きたいかね」
左右に座った2人の男は、黙ったまま嗤う男を見ていた。
嗤う男は、背中に冷や汗が流れるのを感じつつ答えた。