2024年12月9日月曜日

【小説】銘柄を明かさない理由R058 Buy when others sell(前編)

第058話 Buy when others sell(前編)

2011(平成23)年3月11日金曜日、東京都新宿区にある雑居ビル。
ビルの5階には、坂木原調査事務所があった。
所長の坂木原、社員のジョウシマユウイチ、事務員の上原の3名しかいない事務所だった。
それぞれが今日中に終わらせなくてはいけない仕事をしていた。

14時46分、何の前触れもなく、事務所が揺れ始めた。
次第に揺れは大きくなり、キャビネットやロッカーがガタガタと音をたてた。
「きゃっ」、上原がいい、慌てて机の下にもぐった。
坂木原とジョウシマは椅子から立ち上がったが、机の角を持ったまま動けなかった。

事務所が大きく揺れる中、天井や壁からはギシギシという音がしていた。
窓の外を見ると、隣のビルも揺れていた。
古いビルなので倒壊するのでは、ジョウシマは生きた心地がしなかった。
しばらくすると、ようやく揺れが収まった。

「すごく揺れましたね」、机の下から出てきた上原がいう。
「震源地はどこだ」、椅子に座った坂木原がいう。
「テレビ点けますね」、上原がテレビのリモコンを操作し、テレビを点けた。
各局の番組が特番に変わると、東北地方で大きな地震があったことが報じられた。

「被害を確認しています、エレベーターは使わないでください」、館内放送が流れた。
「かなりの被害が出そうだな、こりゃ忙しくなるな」、坂木原がいう。
坂木原調査事務所の取引先は大手保険会社で、保険会社からの損害調査を請け負っていた。
現地調査を行い、支払うべき保険金の額を報告することが、主な仕事だった。

「所長、今日は帰ってもいいですか」、上原がいう。
「忙しくなるとしたら、週明けからだしな、今日は店じまいだ」、坂木原がいう。
「明日、名古屋出張なんですが」、ジョウシマがいう。
「名古屋へは行けるだろ、よろしく頼む」、坂木原がいった。

14時46分、宮城県牡鹿半島の東南東沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生。
東京証券取引所の大引けまで残り14分での地震発生だった。
発生直後から売り注文が殺到、10,350円前後で推移していた日経平均株価は急落。
取引終値は10,254円43銭で、前日比180円安となった。

地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw)9.0。
発生時点で、日本周辺における観測史上最大の地震だった。
15時14分、政府は史上初の「緊急災害対策本部」を設置した。
16時20分、気象庁は「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。

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