2020年8月1日土曜日

銘柄を明かさない理由R345 Nobody rings a bell(中編)

第345話 Nobody rings a bell(中編)

ジョウシマ ユウイチは、無敗のジャックと呼ばれる個人投資家だった。
ジョウシマの本業は、外資系保険会社の調査を請け負う会社の社員だった。
数年前、ジョウシマに外資系保険会社から、ある男の調査依頼があった。
調査依頼のあった男は、内海という日本一の株屋のチーフトレーダーだった。

内海が日本一の株屋のチーフトレーダーということは、業界では知られている。
何を調べろというんだ、ジョウシマは思ったが、高額な報酬に釣られ、調査を開始した。
内海は十数年前の大学卒業後、日本一の株屋に新卒社員として入社した。
その後、同期の女性と結婚し、一男一女をもうけ、都内のマンションに暮らしていた。

内海の名を一躍、有名にしたのは、リーマン・ショックでの買いだった。
2008年9月15日、アメリカの投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻した。
原因はサブプライムローン問題に端を発したアメリカのバブル崩壊だった。
2008年10月9日、ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価が、9,000ドルを割った。

2008年10月10日、東京証券取引所には、売り注文が殺到することになった。
2008年9月17日の日経平均株価終値は、12,214円だった。
同年10月28日には一時、6,000円台まで下落、26年ぶりの安値を記録した。
26年ぶりの安値を記録したこの日、内海は全力で買い向かったのである。

後に内海は、なぜ、あのときに買ったのか、という業界紙のインタビューに答えている。
「底打ちのベルが鳴った音が聞こえたんですよ。今が買いだというベルの音がね」
内海の買いにより、日本一の株屋は過去最高の利益をあげることになった。
後の相場でも勝ち続けた内海は、百戦錬磨のトレーダーとして知られることになった。

内海の調査を始めた当初、ジョウシマは、内海には何か特別なものがあると思っていた。
ところが、内海には何も特別なものは見当たらなかった。
内海は都内のマンションに家族と暮らし、休日は家族サービスに励んでいた。
ある休日、ジョウシマは、内海がマンション近くの公園で、子どもと遊ぶのを見ていた。

子どもと遊ぶ内海は、とても百戦錬磨のトレーダーには見えず、子煩悩な父親だった。
普通すぎて不自然だ、奴は何かを隠している、ベンチに座るジョウシマは思った。
そのとき、内海が子どもに何かいうと、ジョウシマの方へ歩いてきた。
内海は、ジョウシマと同じベンチに腰掛けると、話しかけてきた。

「いい天気ですね、子どもは疲れ知らずなので大変です、休ませてもらえますか」
額にうっすらと汗をかいた内海がジョウシマにいう。
「大変ですね、お父さんも」、ジョウシマが内海にいう。
「どうして、私がお父さんだとわかったのですか」、内海がジョウシマにいった。

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