2021年12月29日水曜日

銘柄を明かさない理由R425 出羽の天狗(前編)

第425話 出羽の天狗(前編)

宗矩と晃一が通う大学では、同級生たちが就職活動を始めていた。
宗矩が住む都内のワンルームマンションには、朝から晃一が来ていた。
天狗ちゃん、今日も頑張ってや」、晃一が「天狗」を起動させた。
宗矩は横の机で、最近、話題になっている経済小説を読んでいた。

「なあ、宗やんは卒業したら、どないするんや」
「天狗」の稼働状況を確認しながら、晃一が聞く。
「どうするって」、宗矩が読んでいた小説から顔を上げていう。
「どこに就職するつもりなんかなと思って」、晃一が聞く。

「就職か、一度はしてみたかったな」、宗矩がいう。
「ええ~っ、就職せえへんのか」、驚いた晃一が宗矩を見ていう。
「しないよ、卒業したら、地元の山形に帰らなくてはならないからな」、宗矩がいう。
「ちょ、ちょっと、待ちいな、何で地元に帰んねん」、晃一が聞く。

「分家なんだが、長男なので家業を継がなくてはならないんだ。
あと、本家や他の分家のサポートもしなくちゃいけないからな」、宗矩がいう。
「本家や分家、長男って、今の時代、そんなに大事なんか」、晃一が聞く。
「田舎なんでな、特に今は本家が大変なんだ」、宗矩がいう。

「大変って、どない大変なんや」、晃一が聞く。
「跡取りになる予定だった男の子が亡くなり、妹が跡継ぎになったんだ」、宗矩がいう。
「そりゃ、大変かもしれんけど、宗やんの人生なんやで。
自分のやりたいこと、やったらええんちゃうの」、晃一がいう。

「ありがとう、晃一、だが、こればかりは分家の定めなんだよ」、宗矩がいう。
「俺の家も古いけど、そこまでの縛りはないな」、晃一がいう。
「晃一は卒業したら、どうするんだ」、宗矩が聞く。
「宗やんと会社を興そうかなと考えとったんやけど、一人で何とかするわ」、晃一がいう。

「そっか、進む道は違うが、応援させてもらうよ」、宗矩がいう。
「ところで、宗やんの一族って、どんな人がおるんや、写真とかないんか」、晃一が聞く。
「本家の跡継ぎが決まったときに撮った写真がある、これがそうだよ」
宗矩がスマホを操作して画像を表示すると、晃一に渡した。

屋外で撮った集合写真の中央には、整った顔立ちの若い和服姿の女性がいた。
「和服の女の子、めっちゃ美人やん、紹介してえな」、晃一がいう。
「その子は本家十一代目当主の本間朱蘭、紹介できるわけないだろ」、宗矩がいう。
宗やんが特定の彼女を作らんのは、この子がおるからかもな、晃一は思った。

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