2019年2月14日木曜日

銘柄を明かさない理由R253 プライベートバンカー(前編)

第253話 プライベートバンカー(前編)

聖杯を持って家に帰る春鈴(シュンリン)を見送った神父は部屋に戻った。
神父は部屋を片付け、部屋の隅々まで入念に掃き清めた。
神父は部屋を出て浴室に湯を溜め、身体の汚れを洗い流すと清潔な服に着替えた。
部屋に戻った神父は椅子の上に立つと、天井の梁にロープをかけ、自らの首を通した。

ロープに首を通した神父は、今までの人生を思い返した。
ドイツのケルン、孤児院で過ごした幼少期の思い出。
第二次世界大戦末期、ケルン騎士団に入団して、聖杯をスイスへ避難させたこと。
終戦後に戻ったケルンの街は破壊され、ケルン騎士団と連絡が取れなかったこと。

絶望の中、聖杯と共に生きることを決め、再び、スイスへ向かったこと。
スイスの老神父がいる小さな教会に住み込みで働き、やがて跡継ぎを任されたこと。
数日前、身体の衰えに怯える神父は、夢の中で神からのお告げを受けた。
「近いうちに汝を助ける者が現れる、聖杯はその者に引き継ぐがよい」

キリスト教では、自ら命を絶つことは重罪だとされている。
だが、身体の衰えていた神父は、これからも聖杯の秘密を守りきる自信がなかった。
「神よ、お許しください」、神父は立っていた椅子を蹴った。
しばらくすると、数人の天使が舞い降り、神父は天国に召された。

聖杯を持って家に帰る途中、春鈴はパン屋さんに寄ってパンを買った。
春鈴の自宅は、教会をコンパクトにしたような家だった。
玄関を開けた春鈴は元気よく「ただいま」といい家に入った。
「お帰り、春鈴、朝ごはん食べるわよ」、母親がいう。

「食べる~」、春鈴はダイニングへ買ってきたパンを片手に走っていった。
春鈴、父親、母親が食卓を囲んで、朝食を食べ始めた。
「春鈴、その包みはなんだい」、父親が春鈴に聞く。
「お祈りにいった教会の神父さんから貰ったの」

いうと、春鈴は包みから、古びた銀の把っ手が2つついたカップを取り出した。
「神父さんが、聖なる杯っていってたの、素敵でしょ」
春鈴の父親は、プライベートバンカー(個人銀行家)だった。
また熱心なキリスト教徒でもあり、骨董品の収集家でもあった。

古びた銀の把っ手が2つついたカップを見た父親は、あることに気づいた。
「神父さんから、いいカップを貰ったね。
少しの間、お父さんにカップを貸してくれないかな」
「いいよ、お父さん、貸してあげる」、春鈴は元気に学校へ出かけていった。

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