2016年6月25日土曜日

銘柄を明かさない理由R94 魔弾の射手(中編)

第94話 魔弾の射手(中編)

その日、下がり続けていた株に、いくつかの新しい買いが入った。
最初に約定したのは、ある調査会社に勤務する男の買い注文だった。
指値での買い注文は、指値になった時点で全て約定した。
約定した株数は、その日の出来高からすると微々たるもので、株価は下がり続けた。

後場になり、ある買い注文が約定した。
天使の笑顔をもつ男の買い注文だった。
個人投資家としては比較的、多い株数が約定した。
だが約定後も、売り圧力が優勢の中、株価は下がり続けた。

取引終了時間までわずかとなったとき、まとまった大きな買いが入った。
ある証券会社の資産運用部署アルカディアの買い注文だった。
株価は前日比プラスとなったが、売り圧力の前に前日の取引終値を割り込んだ。
誰もが思った、今日も前日比マイナスだと。

取引時間終了間際、閃光の買いが入った。
終値を見て誰もが目を疑った、その株の取引終値は前日比プラスとなっていた。
それは、ある証券会社の会長である巨躯の男の買いによるものだった。
巨躯の男は取引時間終了に合わせて、大量の大引け成行買いを入れていたのである。

大阪難波
取引終値を見た難波の女帝は愕然とした。
なんや、これは、いったい誰が、こんなことしたんや。
あれだけの売り注文を買いあがることはできへんはずや、誰や、誰の仕業や。

難波の女帝は、卓上の内線に手を伸ばした。
内線に出た相手に、難波の女帝は怒鳴るようにいった。
「ええか、今日、ふざけたことした奴を何としてでも探しだすんやで。
それと明日の売り注文は今日の倍や、ええか倍やで、わかったら返事せんか」

首都高を走行する車の中、助手席の男性秘書はノートPCを見ていた。
「本日の取引終値は、前日比プラスとなりました」、男性秘書がいう。
「たわいもない、明日の買いは今日の倍だ」、後部座席の巨躯の男がいう。
「かしこまりました」、男性秘書がいった。

昔から少しも変わっておらんな、相変わらず派手好きな女狐だ。
最初から手の内を見せてどうする。
仕手戦を仕掛けるなら、目立たぬようにすることだ。
巨躯の男は車窓の風景を眺めながら、笑みを浮かべた。