第398話 挑戦状(前編)
1949年(昭和24年)5月16日。
東京証券取引所で、売買立会が開始された。
当初の上場銘柄数は495社696種で、すべて戦前に取引していた銘柄だった。
大阪証券取引所も売買立会を開始、年末には397社478種が同取引所に上場した。
だが、GHQにより、戦前戦中の「仕切り売買」や「先物取引」は禁じられていた。
関係者からは、日に日に、株式の流動性向上を求める声が大きくなった。
打開策として議論されたのが「先物取引の復活」と「アメリカ式マージン取引」だった。
議論の結果、1951年にアメリカ式マージン取引がモデルの「信用取引制度」が開始された。
「信用取引制度」は、現金や株式を担保に、金を借りて行う取引である。
「信用取引制度」では、空売りして買い戻す、「売り」ができるようになった。
投機的な「売り」ができるようになり、証券取引所の参加者は増えた。
連日、買い方と売り方による売買が繰り広げられ、証券取引所は熱気に包まれた。
1952年の夏、兜町の淀三証券。
昼休みの淀三証券には、昼食のざる蕎麦を食べ終えた事務員の山崎和枝がいた。
ふぅ~暑っ、山崎はブラウスの襟元を開くと、うちわで風を送った。
うちわで風を送りながら、山崎は足元のバッグから一冊の雑誌を取り出した。
取り出した雑誌は、先日、創刊された芸能雑誌「明星」だった。
表紙には、人気女優の津島恵子がほほ笑んでいた。
山崎はうちわを動かしながら、「明星」のページをめくった。
華やかな芸能界のことを伝える「明星」を、20代の山崎は夢中になり読み始めた。
突然、山崎は背中に寒気を感じた。
何、今の寒気、山崎が窓の外を見ると、坊主頭で巨体の着物姿の男がいた。
坊主頭で巨体の着物姿の男は、両目を大きく見開いて、山崎を見ていた。
怖っ、坊主頭の男から目を背けると、山崎は両手で身体を抱き、小刻みに震え始めた。
山崎が震えていると、玄関の引き戸が開く音がした。
山崎が玄関を見ると、坊主頭で巨体の着物姿の男が、山崎を見ていた。
ひっ、目が合った山崎は、その場を動くことができなかった。
「社長はおいでかな」、坊主頭で巨体の着物姿の男が、山崎にいう。
「しゃ、しゃ、社長はいません」、山崎が目に涙を浮かべ、震える声でいった。
「そうか」、坊主頭で巨体の着物姿の男が、山崎に向かって、一歩踏み出した。
お、お願い、誰か助けて、山崎が思ったとき、玄関の外から聞きなれた社長の声がした。
「約束の時間より早いやろが、エロ坊主」
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