2021年1月12日火曜日

銘柄を明かさない理由R390 神楽笛の男(中編)

第390話 神楽笛の男(中編)

本間本家十一代目当主である本間朱蘭は、これまでの人生を思い返していた。
ふと、朱蘭が顔を上げると、左手に神楽笛を持つ同年代の男が立っていた。
同年代の男は、艶やかな和服の朱蘭とは対照的な、黒のスーツを身に着けていた。
細身の体型と肩まで伸びた艶のある黒髪が、朱蘭との共通点だった。

「相変わらず、気配を感じさせんな」、朱蘭がいう。
「ストーカーに、なれますでしょうか」、男が笑みを浮かべていう。
「もう少し、マシなたとえはできんのか」、朱蘭が呆れながらいう。
「申し訳ございません、なにぶん、語彙(ごい)が少ないもので」、男がいう。

「語彙ではなく、別の問題じゃ、何かいいたいことがあるのか」、朱蘭がいう。
「あの5人は"本間の荒行"を終え、本間の秘伝を体得したと仰られました」、男がいう。
「そうじゃ、あの5人は"本間の荒行"を終え、本間の秘伝を体得した」、朱蘭がいう。
「あの5人、"本間の荒行"を終えておらず、本間の秘伝も体得していません」、男がいう。

「なぜ、わかる」、真顔になった朱蘭が男に聞く。
「あの5人は、分家の中から選ばれましたが、長らく地元を離れていた者ばかり。
そんな5人が、"本間の荒行"をやり遂げることができるのか、陰から見ておりました。
見ていると、あろうことか、暖をとりながら、食事をしておりました。

"本間の荒行"は秘伝を唱えるとき以外、口を開くことは厳禁でございます」、男がいう。
「証拠はあるのか」、朱蘭がいう。
男は、スーツの内ポケットから、数枚の写真を取り出すと、朱蘭に手渡した。
男たちが、暖をとりながら、食事をしている写真を見た朱蘭は、深い溜息をついた。

「あの5人には、今回の任務から降りるよう伝えます」、男がいう。
「わかった、あとの手はあるのか」、写真を返しながら、朱蘭が尋ねる。
「朱蘭様さえ、よろしければ、私にお任せいただけますでしょうか。
必ずや、淀屋を手痛い目に遭わせてみせましょう」、男がいった。

「もし、私が当主にならなければ、分家筆頭のそなたが当主になっていた。
そなたは、歴代最年少の13歳で、"本間の荒行"を成し遂げ、秘伝を体得した。
淀屋を手痛い目に遭わせる件は、そなたに任せることにする」
目を細めた朱蘭は、男に告げた。

「ありがたき幸せにございます」、男は朱蘭に頭(こうべ)を垂れた。
「わかっておろうが、くれぐれもしくじるなよ、本間宗矩(ほんまむねのり)。
宗久翁の呼び名だった"出羽の天狗(でわのてんぐ)"と呼ばれし男」
「仰せのままに」、"出羽の天狗"こと、宗矩は頭を深く垂れた。

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