【内容】
神崎教授とAIが事件を解決していくミステリー小説。
【登場人物】
・神崎零壱(かんざきれいいち):元東京中央技術大学 情報工学科の教授。日本の情報工学の第一人者で、インターネットの普及に貢献した。2020年に定年退職、現在は年金生活。子どもは独立、妻に先立たれてからは、東京都北区にある築40年以上の二階建て住宅で、妻の思考を学習させたAI(人工知能)と暮らしている。
・神崎悠季(かんざきゆき):神崎零壱の妻で結婚してからは専業主婦だった。2015年にアルツハイマーを発症。東京中央技術大学病院のアルツハイマー新薬研究プロジェクトの治験に参加するが、治験途中に亡くなる。看護師が気づけなかった投薬装置の故障による過剰投薬が原因と推測されたが、因果関係は不明。
・AI(YUKI):神崎零壱が神崎悠季の思考を学習させたAI。神崎零壱のことを誰よりも把握している。自宅にかかってきた電話に音声で対応、電話をかけることもできる。受信したメールに対する返信を作成して送信できるなどの機能も搭載している。
・佐藤波流(さとうはる):警視庁 サイバー犯罪対策課。東京中央技術大学 情報工学科 2020年卒の神崎教授の教え子。
・上条雷人(かみじょうらいと):元米国IT企業「ダーウィンスペース」日本法人の社員。東京中央技術大学 情報工学科2010年卒の神崎教授の教え子。サイバーテロを計画し実行する。
・木下(きのした):ペガサス電子の社員。
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EP8 迫りくる危機
暑かった夏も終わり、季節は秋になっていた。
大場玲が上条雷人である可能性があることは、佐藤に伝えていた。
その後、佐藤からの連絡はないが、関係ありそうな事件は起こっていなかった。
神崎はAIのYUKIと平穏な日常生活を送っていた。
買い物帰りの駅前商店街。
コーヒーが飲みたくなった神崎は、昭和レトロな喫茶店『バロック』に立ち寄った。
店員にホットコーヒーを注文すると、新聞を手に取り、奥のテーブル席に向かった。
席に座ると、店員がホットコーヒーを運んできて、テーブルに置いた。
「神崎教授、お久しぶりです」
神崎が読んでいた新聞から顔を上げると、スーツ姿の若い男がいた。
「ペガサス電子の木下です。その節はお世話になりました」、木下がいう。
「ああ、木下くんか、思い出した」、神崎がいう。
「こちらの席に座らせてもらってよろしいですか」、木下がいう。
「ああ、構わんよ」、神崎がいうと、木下は自分の席に戻った。
自分の席から飲みかけのコーヒーを持ってくると、神崎の向かいの席に座った。
おいおい、ありがとうございますはないのか、神崎は思ったが、口には出さなかった。
「今日は仕事でこちらに来たのかね」、神崎がいう。
「はい、近くで仕事がありまして、休憩がてら立ち寄りました」、木下がいう。
「相談のあったシステムの見直しはどうなったんだね。
社外秘で話せないのであれば、いわなくてもいいよ」、神崎がいう。
「あの後、確認したところ、うちの社員がコピーしてたことがわかりました。
そのため、システムの見直しは見送りになりました」、木下がいう。
「コピーしていた社員は、どうなったんだね」、神崎がいう。
「口頭での厳重注意です」、木下がいう。
「社外秘の機密データだったんだろ。軽くないか」、神崎がいう。
「実は、コピーしていた社員の上司にも問題がありまして。
自分の席で打ち合わせしているときに、社員の目の前で端末にログインしたんです。
そのため、社員は、IDとパスワードを覚えてしまったそうなんです」、木下がいう。
「覚えたくないのに覚えてしまったわけか」、神崎がいう。
「上司にも落ち度があるため、上司も含めての厳重注意になりました。
被害がなかったことも、考慮しての上の判断です」、木下がいう。
「社員がコピーしようと思った理由は」、神崎がいう。
「いわゆる魔が差したが理由です。
機密データなので、競合他社に売れるのではと考えたようです。
ですが、売るとどうしても、バレてしまうため、本人も困っていたようです。
コピーしたデータが入ったUSBも回収できたため、厳重注意になりました」、木下がいう。
「データが入っていたUSBは、会社のものなのか」、神崎がいう。
「いえ、社員の私物です」、木下がいう。
「君の会社は職場へ私物のUSBを持ち込めるのか」、神崎が驚いていう。
「推奨はしていませんが、明確に禁じてはいません」、木下がいう。
「私からすると、そちらの方が問題だと思うがな」、神崎がいう。
「今回の件もそうですが、システムで不正を防止することは不可能です。
どんなシステムを作っても、その気になれば、できてしまいます。
結局は、本人に不正する気を起こさせないことです」、木下がいう。
「君のいうことはわかるが、その気にさせない環境にすることも必要では」、神崎がいう。
「その気にさせない環境にしていくと、監視カメラだらけの職場になります。
そんな刑務所みたいな環境で、働きたいと思う人はいませんよ。
不正をすれば必ずバレるということがわかれば、不正しないと思います」、木下がいう。
「過去に不正はなかったのかね」、神崎がいう。
「なかったとはいいませんが、他社に比べると少ないと思います」、木下がいう。
「なるほどな、参考になったよ。教えてくれてありがとう。
ところで、今日はどういう仕事だったんだい」、神崎がいう。
「この商店街に関係する仕事です。
初めて訪れた時に、メニューサンプルやポスターの色あせが気になりました。
色あせしている原因は、人的要因だと思ったので、デジタル化を提案しています。
具体的には、メニューやポスターの内容を、モニターで表示する提案です」、木下がいう。
「デジタル化は高いし、高齢のオーナーが多いから、扱えないのでは」、神崎がいう。
「当社の中古品であれば、機器は数万円で済みます。操作も簡単です」、木下がいう。
「それじゃ、君の会社が儲からないだろ」、神崎がいう。
「よいクチコミが広がることを考えれば、安い広告費です」、木下がいう。
「なるほどな、そういう考え方もあるんだな」、神崎がいう。
「今までは、利用者がユーザー・インターフェースを作っていました。
今は、製品やサービスを提供する側が、ユーザー・インターフェースを作る時代です。
いうなれば、ユーザー・インターフェースの上書き、オーバーレイですね」、木下がいう。
【ユーザー・インターフェース(User Interface)】
利用者(ユーザー)と、製品やサービスをつなぐ接点(インターフェース)。利用者とWebサイト、アプリ、機械の「接点」全般を指し、文字、画像、ボタン、レイアウトなど目に見えるすべてが含まれる。直感的な操作や分かりやすいデザインは顧客満足度やブランド価値を高める重要な要素であり、快適なユーザー体験(UX)を実現するために、一貫性のあるデザインが求められる。
【オーバーレイ(Overlay)】
既存の映像、画像、画面上に別の要素を重ねて表示する技術や手法。映像の雰囲気演出、画面上の情報追加、道路舗装の補修、金融の運用手法など、多岐にわたる分野で「重ね合わせ」を意味する用語として使われる。