過去に何度か訴訟に関わったことがある。
関わったことで、ある程度、法律に関する知識を得ることができた。
それ以来、事件などの報道があれば、法的視点で見ることが多くなった。
わからないことやギモンに思ったことがあれば、ネットで調べたりしているw
先日、カーシェア大手から、不正アクセスにより、およそ660万件の個人情報が漏えい。
運営会社に対し集団訴訟を準備するウェブサイトに、およそ6万4000人が登録したらしい。
AI(人工知能)と、この件についてやりとりして記事を作った。
個人的な考えが多いが、誰かの参考になるかもしれないので書いてみるw
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裁判する前に知っておきたいこと
テレビドラマの影響か、多くの人は裁判を「弁護士たちが華麗な言葉で戦い、逆転勝利を収めるゲームのような場所」だと思っていませんか?
「法律用語は難しくて一般人には無理」「高いお金を払ってプロに頼まないと負ける」
そんなイメージのせいで、裁判を特別なものだと捉えている方は多いはずです。
しかし、実際の裁判の本質はもっと地味で、もっと冷徹なものです。
「裁判は、勝ち負けのゲームではない。すでに決まっている勝敗を、公的な形(判決)にするための単なる行政手続きにすぎない」
今回は、この「本当の裁判の姿」についてお話しします。
1.ある「費用倒れ」の裁判事例 〜勝っても大赤字という現実〜
ここで、ある典型的なトラブルの事例を見てみましょう。
【事例】
Aさんは、知人に「30万円」を貸しましたが、返してもらえなくなりました。怒ったAさんは、白黒つけるために弁護士を雇って裁判を起こすことにしました。
手元には借用書もLINEの証拠もしっかり残っています。
裁判は順調に進み、裁判官は「相手はAさんに30万円を支払え」という、Aさんの「完全勝訴」の判決を下しました。
一見、Aさんの大勝利に見えます。しかし、ここに大きな罠があります。
裁判が終わった後、Aさんの手元に残ったのは、相手から回収できた30万円。
一方で、弁護士に支払った費用(着手金や成功報酬など)はトータルで約40万円でした。
結果はどうでしょうか。
裁判には100%勝ったのに、収支は「10万円の赤字」です。
これがいわゆる「費用倒れ」と呼ばれる現象です。
「勝てば相手に弁護士費用を請求できるのでは?」と思うかもしれませんが、日本の民事裁判では、原則として弁護士費用は「各自が自分の分を払う」というルールになっています。
勝訴という「勝ちの形」を手に入れても、現実には損をする。
この事例こそが、裁判を「勝ち負けのゲーム」だと勘違いしていると陥る最大の落とし穴です。
2. 争いの勝敗は、始まる前から決まっている
なぜこのような悲劇が起きるかというと、そもそも裁判の勝敗は、法廷で弁護士が何を言ったかで決まるわけではないからです。
裁判が始まる前、つまり「過去に起きた事実と証拠」の時点で、すでに決まっています。
• 貸したお金の契約書がある
• 未払いの家賃の履歴が残っている
• 相手がルールを破った客観的な証拠がある
これらが揃っているなら、その時点で「どちらが正しいか」は確定しています。
裁判所は「どちらが正しいかをゼロから決める場所(製造する場所)」ではなく、手元にある証拠を見て「あ、こっちが正しいね」と確認するだけの場所なのです。
先ほどのAさんのケースも、最初から証拠が揃っていたため、始まる前から勝ちが決まっていました。
どれだけ有名な弁護士を雇って、どれだけ難解な法律用語で書類を飾ったとしても、過去に起きた真実や証拠がひっくり返ることはありません。
3.裁判の本当の目的は「公的な判決」をもらうこと
では、勝敗が最初から決まっているのに、なぜわざわざ面倒な裁判をするのでしょうか?
目的は「勝つこと」それ自体ではありません。
「国という絶対的な権力から、公的なお墨付き(判決書)をもらうこと」、目的はこれだけです。
日常の言葉で「お金を返して」といくら相手に訴えても、無視されればそれまでです。
個人の言葉には、相手の財産を動かす力はありません。
しかし、裁判という「行政手続き」を踏んで手に入る「判決書」には、相手の給料や銀行口座を国が代わりに差し押さえることができる、強力なパワー(執行力)があります。
つまり裁判とは、役所で「住民票」や「課税証明書」を発行してもらうのと同じ感覚で、「すでに決まっている真実を、国に証明(書類化)してもらうための事務手続き」にすぎないのです。
4.なぜ「難解な法律用語」でハードルを上げるのか?
ここで疑問が湧きます。
「ただの確認手続きなら、なぜもっと一般の言葉で簡単にやらせてくれないのか?」と。
「果実(家賃のこと)」や「善意(知らないこと)」など、一般の感覚とかけ離れた言葉を司法関係者が使いたがるのは、彼らの「内輪の都合」が関係しています。
多忙な裁判官には「できるだけ負担を減らして判決書を書きたい」という本音があります。
弁護士には「一般人には分からない専門知識」という専門性を維持したいという側面があります。
両者が「お互いに効率よく業務を処理するため」「プロの書類として形を整えるため」に、一般の言葉をわざわざ難しい法律用語に“逆変換”して、書類を作っているのが実態です。
最終的なジャッジを下す裁判官だって人間です。
プロが無理して難解な言葉に変換した書類より、一般の言葉で淡々と書かれた分かりやすい資料の方が、本当はありがたいはずなのです。
まとめ:いま、裁判を考えているあなたへ
裁判の本質とは、「すでに決まっている結論を公的な形にするだけの、単なる行政手続き」です。
そこにはドラマのような逆転劇も、言葉の魔術による奇跡もありません。
だからこそ、もしあなたが今、何らかのトラブルを抱えていて、裁判を起こすことを考えているのなら、本当にそこまで大がかりな「裁判」という手続きが必要なのか、もう一度立ち止まって再考されることをお勧めします。
裁判はお金を払って白黒つけるゲームではなく、ただ時間と労力をかけて「公的な証明書」を取りに行く事務作業です。
• その証明書をもらうために、そこまでの時間やストレス、そして弁護士費用をかける価値があるのか?
• 裁判以外の話し合いや、別の解決手段(行政の相談窓口、少額訴訟、または本人が自分で書類を書く本人訴訟など)で済ませる方法はないか?
「勝つか負けるか」という感情に流される前に、この冷徹な「行政手続き」に自分の貴重なエネルギーやお金を投資すべきかどうか、ぜひ一度冷静に天秤にかけてみてください。
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冒頭の集団訴訟をした場合、1人当たりの弁護士費用は数千円になるかもしれない。
運営会社からの補償費用も、数千円ほどになる可能性がある。
その場合、勝っても赤字の「費用倒れ」になるかもしれない。
さらに訴訟することで、氏名や住所などの個人情報が漏えいするリスクもあるw
仮に、訴訟で和解した場合、お互いに債務がないことを確認することが多い。
その場合、再び訴訟することができなくなる可能性がある。
二次被害が確認されていない状況で、訴訟するのはリスクが高いように思う。
もし、自身が個人情報を漏えいされたなら、今は訴訟はしないと思うw
