第394話 還って来た男(後編)
「寝るんやない、起きんかい」、勝利は片腕を失った同期に声をかけた。
「よ、淀屋、こ、これを頼む・・・」、同期は勝利に家族への遺品を、残った手で渡した。
「お前もや、寝るな、目を開けんかい」、勝利は別の血まみれの同期に声をかけた。
「い、今までありがとうな・・・淀屋・・・」、血まみれの同期はいうと、目を閉じた。
お月様は、いつもワテのこと、見てたよな。
ワテがこれから、どうやって生きたらええのか、教えてくれへんか。
いつしか、勝利の頬には、光るものが流れていた。
「九代目」、背後から三助の声がした。
三助の声は聞こえたが、勝利は振り向かず、月を見ていた。
「きれいな月や、まん丸できれいや」、勝利の横に来た三助がいう。
しばらく、2人は無言で、月を見ていた。
「九代目・・・これから、どうしはるんでっか」、三助が勝利に聞く。
「そうやな、まずは同期から預かった遺品を、遺族に届ける旅に出る。
また留守にするけど、頼むな、三助」、勝利が三助にいう。
「旅が終わったら、どうしはるんでっか」、三助が聞く。
「どうしたらええかは、お月様が教えてくれるやろ」、勝利がいった。
「九代目、どうするか決まったら、三助に教えてください。
三助も、お月様の教えを聞きとうございます」
「三助、お前はホンマに手間がかかる奴やな」
勝利は、三助を見ると、愛嬌のある笑顔を浮かべていった。
1949年(昭和24年)の夏、淀屋初代本家が営む大阪の米問屋。
奥座敷では番頭の三助が目を潤ませながら、一枚の葉書を読んでいた。
「どない、しはりました、なんで泣いてはるんでっか」、手代の男が三助に聞いた。
「九、九代目は東京におるそうや」、三助がいう。
「そんなことで泣いてはるんでっか」、手代の男が呆れた様子でいう。
「しかも、三助も東京へ来いというてくれてるんや」、三助が泣き笑いの顔でいった。
「ほな、番頭は東京へ行かはるんでっか」、手代の男が聞く。
「当たり前や、九代目のお誘いや、行くに決まっとるがな」、三助が嬉しそうにいった。
1週間後の東京駅、三助は迎えに来た九代目の勝利と、数年ぶりの再会を果たした。
この年の4月1日、東京の兜町には東京証券取引所が設立されていた。
勝利は、東京証券取引所での株取引を手伝ってもらうため、三助を呼び寄せた。
このとき2人は、自分たちが伝説となる仕手戦に関わるとは、思いもしていなかった。
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