第391話 神楽笛の男(後編)
東北地方のローカル線の無人駅。
朱蘭の屋敷を出た5人の分家の男が歩いて、無人駅にやってきた。
男たちは、券売機で切符を買うと、待合室のベンチに腰掛けた。
男たちが乗車する電車が到着する時間までは、30分以上あった。
「思っていたより、簡単だったな」、男が右手で髭の伸びた顎をさすりながらいう。
「最初の座学なんか退屈すぎて、あくびが出そうだった」、別の男がいう。
「お前もか、俺も居眠りしそうになったよ」、最初の男が笑いながらいう。
「静かにしろ、誰かに聞かれたらどうする」、リーダーらしい男がいう。
「誰もいない無人駅ですよ、誰かに聞かれる心配はありませんよ」、最初の男がいう。
「しかし、最終の神社での"本間の荒行"は笑えたな。
徹夜で同じことを言い続けるなんて、いつの時代の話だよ。
今は、俺たちのように録音した音声を流す時代だろ」、2番目の男が笑いながらいう。
男たちが"本間の荒行"のことで談笑していると、腰の曲がった高齢の女性がやってきた。
男たちが話すのをやめると、高齢の女性は待合室のベンチに腰掛けた。
「あんたら、見かけん顔じゃな」、高齢の女性が男たちにいった。
「ええ、旅の途中に立ち寄ったもので」、リーダーらしい男がいう。
「ほうか、道理で見かけん顔じゃわい」、高齢の女性は納得したようだった。
やがて、同じ電車に乗る人たちが、やってきた。
やってきたのは、女子中学生の2人組、幼い女の子を連れた母親だった。
誰一人、言葉を発することなく、静かに電車が到着するのを待っていた。
電車が到着する10分前、神楽笛(かぐらぶえ)の優雅な音色が聴こえてきた。
黒のスーツ姿の本間宗矩が、神楽笛を吹きながら、無人駅に現れた。
肩まで伸びた黒髪を風になびかせた宗矩は、5人の男を見ると、音色を変えた。
それまでの優雅な音色とは異なる、聴く者を戦慄させる甲高い音色だった。
神楽笛を吹き続ける宗矩は、5人の男を見続けていた。
5人の男が、得体のしれない恐怖におののく中、神楽笛の音色がやんだ。
神楽笛を吹くことをやめた宗矩が、5人の男を見据えると告げた。
「分家筆頭の本間宗矩が、朱蘭様のご意向を伝える、今回の任務から降りよ」
高齢の女性、女子中学生の2人組、幼い女の子と母親が、一斉に歌いだした。
「酒田照る照る、堂島曇る、江戸の蔵米(くらまい)雨が降る~。
本間さまには及びもないが、せめてなりたや殿様に~」
「わ、わ、わかりました」、リーダーらしい男が震えながらいった。
0 件のコメント:
コメントを投稿