2021年1月5日火曜日

銘柄を明かさない理由R382 名のなき世界の片隅で(後編)

第382話 名のなき世界の片隅で(後編)

深夜、塀に上った若い男、ハンスは設置されている鉄条網を越え、塀を降り始めた。
塀のわずかなくぼみに手と足をかけながら、ゆっくりと降り始めた。
左右にある監視塔からは、規則的な動きをするサーチライトが放たれていた。
地面に降り立ったハンスは、その場にかがむと、肩で静かに息をした。

1つ目の塀を越えることができた。
2つ目の塀の向こうには、将来を約束したルイーザが待っている。
2つ目の塀を越えれば、彼女と会える。
覚悟を決めたハンスは、サーチライトが前方の地面を照らす間隔を確認していた。

よし、ハンスは静かに立ち上がると、サーチライトが目の前の地面を照らすのを待った。
サーチライトが目の前の地面を照らすと、離れていった。
ハンスは2つ目の塀へ向けて、全力で駆け出した。
次の瞬間、西ドイツの建物から、"ベルリンの壁"の監視塔へサーチライトが照射された。

サーチライトに明るく照らし出された監視塔では、パニックが起こった。
「ま、眩しい」、「ま、前が見えない」
全力で駆け出したハンスは、2つ目の塀にたどりつくと、塀を上り始めた。
突如、西ドイツの建物から照射されていたサーチライトが消えた。

「暗順応」は、可視光量が急激に変化した場合、徐々に視力が確保されることをいう。
サーチライトが消えたことにより、監視塔の兵士は「暗順応」の状態にあった。
「点灯再開」、西ドイツの建物にいるアズマが無線で指示をした。
再び、西ドイツの建物から、"ベルリンの壁"の監視塔へサーチライトが照射された。

「ま、まただ、眩しい」、「くそっ、全然、見えない」
"ベルリンの壁"の監視塔の兵士の1人は、片手で目を覆いながら、数えていた。
1、2、3・・・、サーチライトは18箇所、同じ建物の2箇所から光が放たれていた。
まるで、9匹のドラゴンの眼、"Nine dragon eyes(ナインドラゴンアイズ)"のようだ。

2つ目の塀を上っていたハンスは、塀の上にたどりついた。
塀の高さは、道路から4メートル上にあった。
ハンスは声を出すことなく、塀の上から道路に飛び降りた。
ハンスが道路に落下すると、近くに待機していた救急車が、ハンスを回収した。

ロングランを続けている人気の舞台、"Nine dragon eyes"の第二幕が終わった。
ニューヨークのブロードウェイの劇場には、観客からの拍手が鳴り響いていた。
しかし、ここまで人気の舞台になるとは予想外だったな。
日系二世軍人のアズマ役、"仮面の相場師"こと、アンザイ カズマは笑みを浮かべた。

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