第396話 淀三証券出陣(中編)
「九代目・・・この看板は」、三助が勝利に聞く。
「表に掲げる会社の看板や」、勝利がいう。
「九、九代目・・・」、三助の目が潤みだした。
「ホンマに、三助は泣き虫やな」、勝利が呆れながらいう。
トタンの看板には白地に黒の太字で、"淀三証券"と書かれていた。
「屋号は、淀屋の"淀"と三助の"三"を合わせた"淀三(よどさん)証券"や。
これから忙しなるで、泣いてるヒマなんてあらへんで」、勝利が愛嬌のある笑顔でいう。
「は・・・はい、九代目」、三助は右手で涙を拭うと、にっこりと笑った。
勝利と三助が再会を果たした6日後の朝。
東京証券取引所前に、グレーのスーツ姿の勝利と着物姿の三助がいた。
「行くで三助、いよいよ淀三証券出陣や」、勝利がいう。
「は、はい」、緊張した様子の三助がいう。
三助は特製の高下駄を履くことで、6尺3寸(約190㎝)の背丈になっていた。
高下駄は着物で隠れているため、おかっぱ頭の背の高い男にしか見えなかった。
5尺3寸(約160㎝)の背丈の三助にとって、6尺3寸の目線で見る世界は新鮮だった。
どこまでも見通せる、背高いとよう見えるんやな、三助は思った。
東京証券取引所の立会場には、床が見えないほどの大勢の人がいた。
立会場には、業種別に分かれた馬蹄形のポスト(高台)があった。
ポストの周りを証券会社の職員が取り巻き、その内側では才取人が取引をまとめる。
取引された株価を、才取人が立会場両側の黒板に書くという仕組みだった。
当時の新聞社や通信社は、刻々と変わる株式相場を、全国の人々に知らせていた。
当時、2階にあった記者クラブに詰めて、株式相場を全国に伝えていた。
代表の時事通信社は、立会場両側にある黒板の株価を双眼鏡などで読み取っていた。
記者は読み取った株価を、電話で本社へ連絡し、報道されるという仕組みだった。
立会場では、皆が取引開始の合図である撃柝(げきたく)の音を待っていた。
拍子木に似た二枚の檜製の板である撃柝を打ち鳴らす音がすると、取引が始まった。
「買いや、買い」、「売りや、売り」、各ポストに証券会社の職員が群がった。
才取人たちが、黒板に取引が成立した株価を書き始めた。
勝利は立会場の中央に立ち、端に立った三助は双眼鏡で、両側の黒板を交互に見ていた。
勝利が三助を見ていると、三助が両手を上げ、あらかじめ決めていた、ある合図をした。
よっしゃあ、勝利があるポストに向かって、脱兎の如く駆け出し、大声で告げた。
「ここの売りに出とる株、これから売りに出る株、淀三証券が全部買いじゃあ」
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