銘柄を明かさない理由R376 侵掠すること火の如く(後編)
東京都中央区にある日本一の株屋のトレーディングルーム。
東京証券取引所の取引時間は終了しており、退社時間が迫っていた。
チーフトレーダーである内海は、ニューヨーク証券取引所の注文状況を確認していた。
確認すると、劉宋明(りゅうそうめい)の関係先から、大量の売り注文が出ていた。
かかったな、内海は不敵な笑みを浮かべた。
内海は、日本一の株屋のチーフトレーダーだが、財務省にも属している。
また、日本を守り続けてきた"名のない組織"に属する、"日本証券界の守護者"だった。
劉は、各国の証券取引所に、9匹のドラゴンの絵を描かせ、暴落を引き起こした。
"名のない組織"は、劉が各国の証券取引所に描かせた絵を用いた反撃を考案した。
反撃のコード名は、"風林火山(ふうりんかざん)"と名付けられていた。
"風"は、初期段階における素早い情報収集、"林"は、水面下での静かな反撃準備。
現在、進行中の"火"は、劉が気づないうちに行う侵掠(しんりゃく)だった。
"火"は、ブロードウェイの新作舞台の宣伝に、劉のドラゴンの絵を使い、配信させる。
絵を見た劉は、再び、ニューヨーク証券取引所が暴落すると考え、売り注文を行う。
劉が、売り注文を終えたところで、相場が上昇する仕掛けを行うというものだった。
あと数時間たてば、ドイツで"火"の最終段階が始まる、内海の不敵な笑みが大きくなった。
数時間後、ドイツ連邦共和国ベルリン州。
通称"ベルリン"はドイツの首都、16ある連邦州の一つで、都市州である。
ベルリンは元首の連邦大統領、政府の長である連邦首相、および連邦の議会両院を擁する。
首相府と向かい合う帝国議会議事堂があり、ドイツ連邦議会が開催されている。
夕闇が迫る中、1台の大型貨物トラックが、帝国議会議事堂にやってきた。
警備員詰所から、短機関銃で武装した2人の警備員が出てきた。
年長の警備員が、運転手の男性に許可証の提示を求めた。
「渋滞してたが、何とか間に合ったよ」、運転手の男性が許可証を渡しながらいった。
年長の警備員は許可証を受け取ると、記載内容を念入りに確認した。
確認が終わると、横にいた年下の警備員に、敷地へのゲートを開くよう命じた。
運転手の男性に許可証を返しながら、年長の警備員が呆れた様子でいった。
「聞いてはいたが、こんなことのために、許可が下りるとは思わなかったよ」
敷地内に入った大型貨物トラックは、帝国議会議事堂と並行になる位置で停車した。
エンジンを切った運転手の男性は、腕時計を見ると、現在の時刻を確認した。
「ケルンの騎士たち、用意はいいか」、運転手の男性が後部の荷台へ話しかけた。
「いつでも」、後部の荷台から、複数の男性の声がした。
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