第426話 出羽の天狗(中編)
大学を卒業した宗矩は、地元である山形に帰った。
酒田市郊外の実家で、農業の傍ら、分家筆頭として本家や他の分家をサポートした。
他の分家から金銭的援助を求められると、宗矩は「天狗」を使い、相場で金銭を調達した。
いつしか、他の分家は、宗矩のことを「出羽の天狗」と呼ぶようになった。
宗矩が地元へ帰って、3年が経とうとしていた。
ある日、宗矩は、本家十一代目当主の本間朱蘭の指示を引き受けることになった。
指示は、東へ進出しようとしている淀屋を手痛い目に遭わせることだった。
相手は、淀屋初代本家のヨドヤコウヘイ、二代目本家のヨドヤタエとのことだった。
東の本間にとって、西の淀屋は長きにわたる因縁の相手だった。
両家の争いは、1952年から1953年にかけて行われた、伝説の仕手戦に端を発していた。
売り方の主体は、「出羽の天狗」と呼ばれていた大叔父の本間大蔵が率いる本間商会。
追随した売り方には、大手証券会社の山井証券、栄証券などがいた。
買い方の主体は、淀屋初代本家九代目の淀屋勝利が率いる淀三証券。
追随した買い方には、「鬼神」と呼ばれていた独眼竜の犬神が率いる兜証券などがいた。
3銘柄を対象とした大規模な仕手戦は、半年近くに及ぶ激戦となった。
一時は売り方が劣勢となったが、最終的には売り方の勝利に終わった。
朱蘭の指示を引き受けた1週間後の朝。
上下黒のジャージ姿の宗矩は、実家にある土蔵造りの蔵の鉄製扉を開くと、中へ入った。
蔵の中には、先祖代々の品が、所狭しと積み上げられていた。
明かりを点けた宗矩は、扉を閉めると、2階へと続く階段を上った。
2階の壁際には、複数のモニターとキーボードが設置された机と椅子があった。
「起きろ」、宗矩がいうと、宗矩の声を認識した「天狗」が起動した。
宗矩は、明るく輝き始めたモニター前の椅子に座った。
「天狗」が立ち上がると、宗矩はメールをチェックし始めた。
相変わらず仕事が早いな、宗矩は「宗やんへ」という件名のメールを開いた。
「宗やんへ」メールの送り主は、東京のコンサル会社社長で盟友の丑田晃一だった。
朱蘭の指示を受けた宗矩は、晃一にヨドヤコウヘイとヨドヤタエの調査を依頼していた。
大阪出身の晃一は、2人のことを調べ上げ、調査報告書として送って来ていた。
宗矩は、晃一が送って来た調査報告書を読み始めた。
調査報告書には、2人の生い立ちから、現在の生活状況までが、詳細に記載されていた。
時間をかけて、読み終わった宗矩は、晃一に礼のメールを打ち始めた。
礼のメールを送信した宗矩は、ネットバンキングで、晃一の口座に謝礼を振り込んだ。
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