第440話 天狗の秘密(前編)
伊庭精機株式会社の株価がストップ安となった週末の夕方。
証券会社から「無敗のジャック」と呼ばれているジョウシマは、会社を出た。
明日は休みだし、久々にあの店に行ってみるか。
ジョウシマは、兜神社近くにある定食屋に顔を出すことにした。
定食屋に着いたジョウシマは手慣れた様子で引き戸を開けると、店の中に入った。
壁には、きつねうどんやカレーライスの値札が並んでいる庶民的な店だった。
週末なので客は多かったが、なぜか、いつもより女性客が多かった。
忙しいのか、出迎えの声がかからないので、ジョウシマは近くの空いてる席に座った。
ジョウシマが店内のテレビを観ていると、「お待たせしました」と男の声がした。
次の瞬間、ジョウシマのテーブルに鹿児島の芋焼酎「魔王」の瓶が置かれた。
ジョウシマが振り返ると、晩酌セットを乗せたトレイを持った若い男がいた。
天使のような笑顔でトレイを持った若い男は、アマネオトヤだった。
「いつ上海から戻ったんだ、なぜ、ここにいるんだ」、驚いたジョウシマがいう。
「詳しいことは店が落ち着いてから話します、先にやっててください」
アマネはいうと、晩酌セットをテーブルに置いて、厨房に戻っていった。
店内の女性客の多くが、厨房に戻っていくアマネのことを見ていた。
なるほど、女性客が多いのは、アマネがいるからか。
いつから、ここにいるんだろうと思いながら、ジョウシマは晩酌を始めた。
店主の女性は、厨房で料理を作るのに忙しいようだった。
アマネは料理を運び、食べ終わった食器の片付けや、レジ打ちまでこなしていた。
小一時間ほどすると、店内の客は少なくなった。
アマネがエプロンを外しながら、ジョウシマのテーブルに来て、椅子に座った。
「疲れた~」、アマネはテーブルに突っ伏すといった。
「あとはごゆっくり」、店主の女性がアマネの晩酌セットを置いて厨房へ戻っていった。
「お疲れ」、ジョウシマはアマネのロックを作るといった。
「あ、ありがとうございます」、アマネは起き上がるとグラスを手にした。
「では、久々の再会を祝して乾杯」、ジョウシマがいい、2人はグラスを合わせた。
「そうだ、忘れないうちに」、ロックを一口飲んだアマネがいう。
アマネはジーンズのポケットから黒のUSBメモリを取り出すと、テーブルに置いた。
「これは」、USBメモリを見たジョウシマがいう。
「頼まれていた、ヨドヤタエの海外での不動産事業のデータです」
証券会社から「無敗のエース」と呼ばれている"天使の笑顔を持つ男"ことアマネがいった。
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