2022年1月20日木曜日

銘柄を明かさない理由R435 三猿と呼ばれた男(中編)

第435話 三猿と呼ばれた男(中編)

ヨドヤタエが、「三猿の丑田」こと丑田春樹に宣戦布告した翌日の午後。
丑田は、大阪市内にある一軒家の前にいた。
一軒家は瓦葺きの木造住宅で、築年数は半世紀近くになると思われる住宅だった。
一軒家の門扉が開くと、家政婦らしい女性が、買い物かごを手にして出てきた。

「何か、御用でしょうか」、丑田を見た家政婦らしき女性がいう。
「丑田と申します、伊庭(いば)会長とお約束させていただいております」、丑田がいう。
「いつもお世話になっています、どうぞ、お入りください。
会長はお庭にいらっしゃいますよ」、家政婦らしき女性がいう。

家政婦らしき女性に礼を述べた丑田は、門扉を開いて中に入った。
池がある庭に行くと、和服姿で白髪高齢の伊庭会長が池の鯉を眺めていた。
「お忙しい中、貴重なお時間をいただき、申し訳ございません」
伊庭会長の近くに歩み寄った丑田がいう。

「構わんよ、伝えたいこととは何かな」、伊庭会長がいう。
「ヨドヤタエという相場師が、会長の会社に仕掛けるそうです」、丑田がいう。
「相場師、ワシの会社、仕掛ける、で」、伊庭会長がいう。
「どのように仕掛けてくるかはわかりませんが、対策が必要かと」、丑田がいう。

少しの間があったあと、伊庭会長が穏やかな口調でいった。
「対策は1つしかあるまい、貴殿の采配に任せることにする。
会社の誰かに聞かれたら、ワシから一任されとるといえばよい」
「かしこまりました」、丑田は伊庭会長に深々と頭を下げた。

「『三猿の丑田』が株主の会社に仕掛けるとは、怖いもの知らずじゃな。
貴殿の先祖は、大坂堂島で名を馳せた牛田権三郎であったな。
牛田の極意である『三猿』を、久々に聞かせてもらえんか」、伊庭会長がいう。
「かしこまりました」、丑田はいうと、語り始めた。

「三猿とはすなわち、見猿、言猿、聞猿の三なり。眼に強変を見て、心に強変の渕に沈むことなかれ。ただ心に売りを含むべし。耳に弱変を聞きて、心に弱変の渕に沈むことなかれ。ただ心に買いを含むべし。強弱を見聞くとも人に語ることなかれ。言えば人の心を迷わす。これ三猿の秘密なり」

三猿とは、見ざる、言わざる、聞かざるをいう。強気の買い相場を目にしても、自分まで強気になってはならない。むしろ売りを考えるべきである。弱気の売り相場と聞いても、自分まで弱気になってはならない。むしろ買いを考えるべきである。相場の強弱を見聞きしても、他人を迷わすので言ってはならない。これが三猿の極意である。

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