2022年1月24日月曜日

銘柄を明かさない理由R438 猿と天狗(中編)

第438話 猿と天狗(中編)

伊庭精機株式会社の株価がストップ安となった3日後の午後。
大阪難波のタワーマンションにある淀屋初代本家十三代目、ヨドヤコウヘイの自宅
コウヘイの自宅は、「YLコンサルタント」のオフィスも兼ねていた。
地方銀行出身で取締役社長の佐々木は、朝から伊庭精機の本社に出かけていた。

コウヘイは、朝から伊庭精機の株価の値動きを監視していた。
「ただいま戻りました」、外出していた佐々木が帰って来た。
「お疲れ、どうやった、値動きの原因、教えてくれたか」、コウヘイがいう。
「仰られた通り、仕手戦でした」、コートを脱ぎながら、佐々木がいう。

「売り方は、伊庭精機の株主でもある丑田春樹でした」、椅子に座った佐々木がいう。
「で、買い方は」、コウヘイがコーヒーカップを手に持ち、口をつけながらいう。
「それなんですが・・・買い方は・・・ヨドヤタエ様でした」、佐々木がいう。
ぶっ、コウヘイは飲んでいたコーヒーを噴き出した。

「な、な、なんで、あのおばはんが買い方やねん」、コウヘイがむせながらいう。
「それについては、タエ様に確認する必要があるかと・・・」、佐々木がいう。
「負けとるさかい、聞いても教えてくれへんやろ、売り方の丑田はどういう奴や」
コウヘイが、噴き出したコーヒーをテイッシュで拭きながらいう。

「丑田は、江戸時代に大坂堂島の米相場で活躍した牛田権三郎の子孫です。
若い頃から、本業の傍ら投資をしていたようですが、目立つ存在ではなかったようです。
丑田は20代の頃、伊庭精機の創業者で現在の会長である伊庭林太郎の娘と結婚しました。
丑田が結婚して数年後、ある仕手筋による伊庭精機株の買い占めが始まりました。

このとき、丑田は仕手筋に立ち向かい、乗っ取りを阻止することに成功しました。
以来、丑田は伊庭精機の株主となり、会長の信任も厚いようです」、佐々木がいう。
「なるほど、道理で売り向かうわけやな」、コウヘイがいう。
「あと、丑田は三匹の猿、『三猿の丑田』と呼ばれているようです」、佐々木がいう。

「なんでや、なんで丑(牛)やのに猿やねん」、コウヘイが真剣な口調でいう。
「・・・牛田権三郎の相場の極意である『三猿』が由来のようです」
そこはツッコむところではないのですが、と思いながら、佐々木がいう。
「よう、わからんけど、まあ、ええわ」、コウヘイがいう。

「あと、別の筋からの情報ですが、気になることがありました」、佐々木がいう。
「なんや、気になることって」、コウヘイがいう。
「先日、何者かがヨドヤ様の身辺を調査していたようです。
調査するよう指示したのは東京の丑田晃一、丑田春樹の息子です」、佐々木がいった。

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