2018年9月6日木曜日

銘柄を明かさない理由R202 無敗の個人投資家たち(中編)

第202話 無敗の個人投資家たち(中編)

会社帰り、調査会社に勤める無敗のJ(ジャック)は、ある定食屋に向かっていた。
その定食屋に立ち寄るのは久しぶりだった。
4年前、天使の笑顔をもつ男こと無敗のAを連れて行った定食屋だった。
最初にその定食屋に立ち寄ったのは、今から10年前になる。

その店は、女性店主が1人で切り盛りしている定食屋だった。
その定食屋は、壁にカレーライスやきつねうどんの値札が貼ってある庶民的な店だった。
昭和の雰囲気を感じさせる店は、昭和生まれのJにとっては居心地のいい定食屋だった。
Jには、その定食屋に忘れられない思い出があった。

10年前、リーマンショックによる相場の暴落が始まった。
数年前に株式投資を始めたJにとって、初めての暴落相場だった。
Jは会社帰りに、たまたま見つけた定食屋に立ち寄った。
定食屋は女性店主が1人で切り盛りしており、いつも女性店主は忙しくしていた。

Jにとっては、いい意味で1人になれる店だった。
だが初めての暴落相場でJは食欲もなく、焼酎のロック1杯しか頼めなかった。
焼酎のロックを飲みながら相場の本を読む、飲み終えると代金を払い帰る日が続いた。
そんなある日のことだった。

「何か食べないと体を壊しますよ」
女性店主がメニューにはない小鉢料理数品を、Jに出した。
遠慮するJに、女性店主は「お代は結構ですから」と半ば怒りながらいい、厨房に戻った。
Jはしかたなく箸をつけた、小鉢料理はどれもが美味かった。

この定食屋に、こんなに美味いものがあるとは知らなかった。
暴落相場で含み損が増えても、現物取引であれば命をとられる訳じゃない。
自分は冷静に現状を把握することができていなかったのかもしれない。
Jは小鉢料理を綺麗に食べ終わると、1万円札を1枚置いて定食屋を出た。

翌日、いつものように定食屋に立ち寄ったJは、どう注文するか迷っていた。
結局、「焼酎のロックと昨日のやつを頼む」と、女性店主に注文した。
「はいはい、そうそう、お代は前払いで頂いていますからね」、女性店主は答えた。
やがて店のメニューに、ワンドリンクと小鉢数品の「晩酌セット」が加わった。

Jが定食屋に着き、のれんをくぐり中に入ると、店内には多くの客がいた。
空いているイスに座って待っていると、女性店主が注文を取りにやってきた。
「いつものやつを頼むよ」、Jがいう。
「何がいつものやつよ、あのときのを頼むでしょ」、女性店主が笑いながらいった。

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