第207話 Interview with the stage actor(前編)
マンハッタンの高級ホテルの1室、テーブルを挟んで2人の男が椅子に座っていた。
ポロシャツ姿の若い男が、テーブルの上に置いたICレコーダーのスイッチを入れた。
目の前の男は薄い口ひげを生やし、室内でもサングラスをかけていた。
高級そうなスーツを着こなした男の長めの髪は、無造作に見えるようセットされていた。
「ブロードウェイでの日本人主演公演最長記録更新、おめでとうございます。
いったい、どのようにして現在の成功を勝ち取られたのですか」
ポロシャツ姿の若い男が、目の前に座る男にいい、インタビューが始まった。
サングラスをかけた舞台俳優の男は、落ち着いた口調で語り始めた。
10年前のある日、舞台俳優の男は下北沢の路地に横たわり、雨に打たれていた。
数時間前まで、飲み屋で若手の舞台俳優たち数人と演劇論を戦わせていた。
「時代遅れの演劇論だ、アンタは古いんだよ」、若手の1人にいわれた。
頭にきて先に1人で飲み屋を出た、誰かと肩がぶつかったところまでは覚えている。
気がつけば、男は路地に横たわり、雨に打たれていた。
身体の節々が痛むし、殴られたのか片方の眼は塞がっている。
たぶん、肩がぶつかった相手に殴られたのだろう。
地面に横たわって見上げる世界は、今まで見たことがない世界だった。
気づくと、コートを着た巨躯の男が傍に立っていた。
「夢は何だ」、コートを着た巨躯の男が見下ろしながら聞く。
「日本一、いや世界一の舞台俳優になりたい」、横たわった男が答える。
「なぜ、世界一の舞台俳優になりたい」、コートを着た巨躯の男が聞く。
なぜ、世界一の舞台俳優になりたいのかだと。
そんなこと決まっている、あれ、何でだ。
俺は何のために世界一の舞台俳優になろうとしていたんだ。
目的が思い出せない、そもそも目的があったのかさえもわからない。
黙っている男に、コートを着た巨躯の男がいった。
「世界一の舞台俳優になろうとした目的がわからないのか。
わからないのなら教えてやる。
世界一の舞台俳優は、金を手に入れるための手段であって目的ではないからだ。
この世の中、全ての価値観を決めるのは金だ。
もし金を手に入れたいのなら、ここに来い」
コートを着た巨躯の男は、手帳にホテルの会場と日時を走り書きした。
走り書きしたページを破ると、横たわった男に渡した。
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